【Nネット顧問の関昭一さまより、会報7月号に寄稿いただきました】

 壊滅的な被害を受けた陸前高田市復旧ボランティアに参加(六月中旬に)した
ことが本間会長のお耳に入っての寄稿です。かねて私は安逸に慣れたわが国の若
者に、その人生観が変わるほどの非日常の世界を見聞させたいものと願っていま
した。例えば、マニラのスラム街でゴミの山の中から空き缶などを拾って僅かな
金額(一日1ドル?程度)を家計の足しにしている子供たちを対象にするボラン
ティア活動に学生を連れて行く大学、短大があります。そこでは全員が「人生観
が変わった。」と云うそうですが、私は私どもの学生を誘拐などのリスクの多い
マニラに迂闊に連れて行くだけの勇気がありません。東日本大震災ではボラン
ティア活動を授業に振り替えるという文部科学省の後押しもあり、新潟青陵学園
では原則として学生全員の参加(となれば教職員も全員の参加)を求めることに
しました。隗より始めよの諺どおり、理事長の私がまず新潟市社協が派遣するボ
ランティア活動に参加した次第なのです。自分の身の丈にあったボランティア活
動の幾つかは経験がありますが、災害の現地での筋肉労働は初めて(ただし、私
たちの世代は戦争末期には旧制中学校生として、ありとあらゆる?勤労奉仕、勤
労動員に駆り出されたものです。)でして、奇妙な懐旧感がありました。現地で
の感想は下手な短歌で責めを果たさせて頂きます。

 陸前高田市ボランティア行
堆(うづたか)く瓦礫(がれき)を山に積上げて惨禍の街の真昼の静謐(しづけさ)
梅の樹に梅の実は生り高低差僅かばかりの黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)
ここまでは津波危険の標識が瓦礫の都市のブラックジョーク
 
百年の伝承あれど千年の忘却悔ゆる大津波の惨
 
大津波破壊の街に小雨降り非日常の泥水作業
         
持主の少女の安否想うべく津波の泥より腕時計掘る
地震(なゐ)揺(ゆ)るは天為かボランティア人(びと)に已むに已まれぬ自然(じね
ん)の善意
 
頼もしきはお上に依らぬみちのくの老農たちとボラの若者
    (ボラとはボランティアの言い)
少女めく小柄の女教師重作業に外国メディアの興味集まる
 
視るからの草食男子ボランティアに力任せの汚れ厭わず
 
何ごとの会話かひそと尽きぬ故にボランティア基地消灯遅し



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