【新潟アピの会】会報より、復興の桜プロジェクトを紹介します。
 
みなさんこんにちは。昨年から東日本大震災の復興ボランティアに力を注いでおります佐々木美恵です。私が入っている地域は宮城県亘理郡山元町。614名の方が命を落とし、今なお18名の方が行方不明のままの地域です。その中でも海側地域は昨年9月まで立入制限区域に指定されていました。常磐線の線路を挟んで山側と海側、ほんの数メートルしか離れていないのに海側地域にある家には、いくらボランティアセンターへお願いしてもボランティアは入ってきませんでした。


そんな中「ボランティアの手が届かない地域にボランティアを!」と名取市のNPOドリームゲート理事である藤本氏が「おてら災害ボランティアセンター テラセン」を立ち上げ「今後取り壊すかもしれないご自宅でも大切な思い出がつまっています。家の中の物を出すだけでもやりましょう!」と活動を開始しました。「ボランティアが来てくれるなんて・・・」と涙を流されたおばあちゃんもいらっしゃいました。


高齢者の方が多く住む地域なので津波で流された家の家財道具を出すなんてとてもできませんでした。隣の山側の家々がどんどん片付いていく様子を目の当たりにしながら、疎外感の中で、諦めていた皆さんも多くいらっしゃった
様です。では、なんで「おてら」なのでしょうか?実はテラセンの拠点は「普門寺」というお寺です。震災直後からたった一人でがれきと奮闘していた坂野住職。たまたま通りかかった藤本氏がその姿を見てお手伝いをかってでて、地域の心の拠り所である「おてら」を復興させるために、二人の戦いはおよそ2ヶ月続きました。ところが、いつからか二人の思いは「おてらだけでなく、この地域のみなさんのために」。そこから始まったセンターだから「おてら災害ボランティアセンター テラセン」なのです。一人より二人、二人より三人・・・人が増えるとその力はどんどん大きくなります。住職さんが一人で始め、藤本氏と二人になり、その後ほんの数名の有志からはじまったテラセンですが、今では全国からたくさんの資材が届き、たくさんのボランティアがおてらに集まって地域の皆さんに寄り添った活動をしています。
ところで、昨年11月、私は新潟翆江高校「世界の文化」の授業で倉田代表のスリランカカレー講習会の講師助手として参加させていただきました。
後日、担当の先生よりスパイス代としていくらかアピの会に寄付をしたいと倉田代表に申し出があり、「そのお金を東日本大震災で被災された方々の為に使えないか?」と倉田代表より私に連絡が来ました。「困っている人を助ける」というアピの会の信念に基づいた提案でした。もちろん!私は学校へお金の使い道について連絡を入れました。


ところが、先生は「あまりに少額すぎて申し訳ない」と。それからなんと!!生徒会に働きかけ、文化祭で集めたお金を寄付してくださるとの事。それだけでなく、翆江高校の皆さんから山元町の皆さんへの心温まるメッセーボードや3・11の一周忌法要で飾るお花も頂きました。住職さんが大変喜んでくださったのは言うまでもありません。


その翆江高校の皆さんの想いがつまったお金は形が残るものにしたいと話し合った結果、おてらに桜を植えることになりました。「復興の桜」です。住職さんはおっしゃいました。「桜が咲いたら生徒さん達に是非見に来て欲しい」と。何よりも「人が集まるお寺」を大切にしている住職さんはおてらを残す決断をされています。山元町に普門寺がある限り桜は咲き続けます。そして、もっともっと桜を植えたいとおっしゃいます。普門寺の周り、隣のお寺、近くの神社。津波で全て流された地域には色がありません。私達に地域を元通りにする力はありませんが、せめて地域のみなさんの元気が出るような桜色を塗ることができたなら!それが「復興の桜プロジェクト」です。



そして、その想いをアピの会でも引き継ぎ、継続して桜資金を作りましょう!桜募金を作りましょう!と応援してくれる事になりました。アピの会の基本方針は「貴方の想いが世界を変える」です。翆江高校の皆さんの心優しいキッカケからアピの会へ・・・
この思いやりの輪が広がって、山元町が桜色で輝いて行く事を心より願っています。
               佐々木美恵

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