新潟アピの会の倉田洋子さんより、にいがたNGOネットワーク(Nネット)会報2013年1月号に活動報告をお寄せいただきました。後日写真も紹介します。

「昨年11月25日〜12日間、2年ぶりに行ってきました!内戦終了してからのスリランカの目覚ましい変化!来年度には国際飛行場まで通じるハイウェイが完成し、今までになかった中国産携帯電話のPRがコロンボでは此処かしこに宣伝され、インド産TATA車が一気に増えて、電化製品は韓国産が大人気。日本製中古車は相変わらず、コロンボ市内を走っているけど、その数は依然に比べてかなり少ない。私達アピの会が支援しているスリランカ南部マータラと塩田で有名なハンバントータに行く道のなんと綺麗に整備されていることか・・・。この資金は中国から〜?とその投資力には唖然とさせられる程の変わりようである。

 2011年3・11以来、今は海外より東日本に目を向けなければ!と思っていたが・・・。今年から東日本に目を向けるのは当たり前の事として、今だからこそ、スリランカに学生ボランティアを送るべきだと痛感した。何故なら〜。そこは低迷した日本とは、まるで違うシンガポールからの屈託のない明るい笑い声とカナダ、デンマークから来ている個人ボランティアの人々の素晴らしい貢献の姿に久しぶりに出会ったからだ。やっぱり、世界に若い人達を派遣させなければ・・・と。新潟市立白新中学校贈呈のタンクが縁で当会が食糧・教育費を補助しているメッタチャイルドレンセンターハンバントータには、シンガポールチャイニーズのフーシュンが一人で、水不足の土地を耕して、6cmばかりの痩せた大根ができた!と喜んでいた。水の無い地域で一生懸命に実のなる作物を作っている。「フーシュン?もし神様が貴方になんでも与えるとしたら貴方は何が欲しい?」と質問した。「僕は何も要らない。この土地でこの孤児の彼らと共に実のなる作物を完成できたら!。彼らが居たら、僕には何も必要じゃないんだ。この男の子達も18歳になったら、村に返されるけど身寄りの無い彼らに職はないから、せめて此処で完成した作物の作り方を覚えて、収入にできる道を彼らと作りたいんだ。その為の人生で、僕は十分なんだ。」と。私は感動して泣いてしまった。

 このハンバントータのセンターはとても汚い。しかし3年前に初めて来た時、台所には作物が無かった。勿論タンクも無かった。今は飲料水用に濾過する小型装置で沼から吸い上げた水をタンクから濾過して、食事を作る事が出来るようになった。このひび割れた大地の至る所に実験用の農作物が作られている。「ホントに、もっと大きな大きなタンクがあったら!フーシュンとこの子達とそして私達の願いは叶うのかもしれない!」「農作物なんて決して作れるなんて思わなかったこの土地に!」その想いは先々月、津波被災地域である宮城県亘理郡山元町に行った時「なんでも育ってくれるといいんですよ!。だから、なんでも植えて実験しているんです。桜も育つかどうか?この地域はまだ塩水が残っているので、育ってくれる木の種類が分かれば!、何回でもやり続けますよ!」必死で生きぬいている!津波地域の人もこの水の無いハンバントータも!私はこういう尊敬すべき人達からいつも感動を頂いている。そしてこの感動を人に繋ぐ事が私の次の仕事だと今回、改めて自覚した。
そして、今回同行してくれた八子さんが「日本の事を知ってもらうには味噌スープを飲んでもらいましょう。」と味噌汁をマータラの子供たちに作った。生憎この味噌汁はスリランカの子供たちには好まれなかったが、包丁やピューラ、ボールのあまりの切れなさに「私がしゃしゃり出るのは嫌だけど、プレゼントしても良い?」と言われ、コロンボ市内の大きなスーパー店を探して、マータラの調理担当者に手渡した。私はとても嬉しかった。

 私達は誰一人として、この世で一人で生きては行けない。みんな、誰かの支えがあって、協力しあって生きている。カリーを作製する人も販売もみな、協力店があり、購入してくれる人も、全て理解して顧客になって戴いている。いつも私達は生かされていると思っている。このメッタソーシャルサービスファンデーションの設立者が大僧正だからだろうか?ここに来るボランティアは皆、明るく人に役立つ事が最高の幸せ(サドゥ、サドゥ)だと言う。当会スタッフのスリランカ人も「自分の事より人の事を優先する」と言う。私達日本人も以前はそうだった様に思える。何時からだろうか?人より自分の事を考えてしまうようになったのは?ここには平和と優しさと愛が一杯あった。2年ぶりに来て、自分の原点に改めて出会ったようだ。」

新潟アピの会 倉田洋子

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