この度、新潟県国際交流協会による「新潟・国際協力ふれあい基金」よりスリランカ南部のハンバントータ市にあるメッタチルドレンホームの子ども達及び周辺住民へ、安全な水を提供するための貯水槽を建設する助成金を頂く事になり、2013年度の事業として代表の倉田がスリランカの現地に今年の3月に訪問いたしました。ハンバントータ市は中国による大規模な土地開発が行われている一方、住民の生活は苦しい状態が続いています。スリランカ国内でも有名な乾燥地帯であるこの地域では、作物も育たず、生活用水の確保もままなりません。メッタチルドレンホームの子供達も例外ではなく、毎日近く(…といっても片道1.5km)の湖まで生活用水を汲みに行くという生活を送っていました。今まで白新中学校の募金や新潟中央高校JRCのお手伝いによるアピ会特製カリーの売上金から、湖からモーターポンプで水を汲み上げ、小さな貯水タンクに水を流すという方法を使っていましたが、今回は「ふれあい基金」の助成金によって、この土地に池を作り5,000Lの大型貯水槽を建設します。この水はメッタチルドレンホームや隣接する幼稚園の子ども達の生活及び飲料水だけでなく、この地域に「夢だった農作物を作る」という周辺住民を含めたこの土地の将来の為に、今までにやった事が無い小規模実験農場を作り、この貧困地域に大きく貢献する場所を建設して行く事になります。この貯水槽建設工事は今年の秋までには完成する予定です。

2011年3月、未曽有の大災害と言われた東日本大震災がありました。私はその中で、宮城県の山元町という地域に同年6月から通っております。当時、私が通う地域はライフラインも寸断されたままで、水は大変貴重なものだった事が思い出されました。手を洗う時の水、雑巾を洗う水、泥を流す水、水がないことで出来なかった事もたくさんありました。徐々にボランティアの数も増え、活動が広まっていった頃、住民の方々が見るに見かねたのか、井戸掘を手伝ってくれることになりました。地元の方々に教わりながら、ボランティアも一緒になって井戸を掘り、水が出た時のみんなの笑顔は忘れられません。

あの大震災から3年が経ちました。まだまだ復興には遠い状況ですが、町の様子もずいぶん変わりました。瓦礫や骨組だけの建物は全てなくなり、新しい建物が建っているところも多くあります。町は少しずつ「きれい」になっています。震災の痕跡が少しずつ消えていっています。震災の事を「忘れたくない」と思う人、逆に「思い出したくない」人、それぞれの人の中で心の葛藤があると思います。南三陸の防災庁舎や石巻の大川小学校、あらゆる地域で壊すか残すかの議論は行われてきました。そんな中、外部の私達にできることは、ただ一つ「忘れない事」だと思っております。今、当たり前と思っている日常生活が、ある日突然なくなってしまう事、当たり前のように会っていた人と二度と会えなくなる事、大切な人や思い出がたくさん詰まった家を失い、悲しみの中、今も必死に歯を食いしばり生きている人がたくさんいる事。決して忘れないでください。

新潟アピの会は、今までに新潟から山元町を応援している皆様のお気持ちを届けて参りました。この度もジェットストリームさん・リランさんから寄付金をお預かりし、山元町で活動している「おてら災害ボランティアセンター」藤本センター長へお届けしました。震災から3年が経っても、変わらずに思いを寄せている人がいる事、とても有り難く心から感謝申し上げます。アピの会の活動はスリランカが中心となりますが、これからも山元町を忘れる事無く遠くから応援していきたいと考えています。私個人は、これからも山元町へ通いますので、また何かありましたらご報告させていただきます。皆様、どうもありがとうございました。

佐々木美恵
(新潟アピの会 会報 第16号より)

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