N−net 新年号
「おかね」                           原千賀子
N−netの運営は個人会費5,000円と法人会員その他を併せても年間数十万円の予算に事務局のやり繰りはご苦労が尽きないと思う。
かつてネパールムスタンで活動を続け昨年94歳で亡くなった近藤亨翁は生前、活動に必要な資金を集めるのが巧みな人物だった。貧困に苦しむムスタンの現状を大勢の聴衆を前に一心不乱に力説し、身際に一切の金を持たず自らを<乞食坊主>、と居直るごとく決して誰にも頭を下げることなく胸を張って主義主張を貫いていた。その姿勢と、凄みのある語り口に出会った多くの人々の心が強く揺さぶられ、その一人に私もいた。       
翁は知性に恵まれた家族がありながら70歳後半で協議離婚、後顧の憂いを断ち切り、会の反対を押し負かして余生の後半をネパール国有地アッパームスタンの台地の開発に着手した。当然この開発には莫大な資金が必要で、地域開発協力会の理事会で大荒れにもめた。しかし理事長近藤は故郷の生家跡に僅かな土地が残っているのを確かめると、その売却を私に懇請した。年の瀬も押し迫る雪の降りしきる中、加茂郷の近藤家跡地に向かった。ムスタンの冬はことさら厳しく、険しい峠の根雪前に、ポリエステルパネルを買い付け、すべてを人力で運びこまなければ春の作業が間に合わないというのが、私への電話の要件だった。そのためには、捨て身になってアッパームスタンでの<稲つくり>を翁は成功させたかったのだ。幸い「昔お世話になった近藤家のお役に立てるなら。」と、年末にも関わらず高い値で村の方が買い取って下さった。
お蔭で、翁亡き今も3800M高地にもりんごが稔っている。一方、学校建設や病院建設の資金に困窮していた折、天からの贈りもののように多額な支援が寄せられた。“世の中のために使って欲しい”とのご主人の遺言で学校建設と病院建設にこのご支援を使わせていただいた。講演会のたびに故人がよく口にしたセリフがある。「死んでしまったらお金はいらない、生きた金を、今、使おうではないか。」と。
最も必要としている人たちに用立てる、という基本を世界中の政治家が実行さえすればもっとましな世界になるに違いない。
人は金で動く。否、人は心で動く。正しく、美しい言葉を並べても世界はどんどん不穏な方向へ向かっているように思え、求める先の平和は遠ざかる気配だ。
老いてなお大きな夢を追い続け、生涯現場主義を貫いた翁は今、手塩にかけたリンゴの木の下と、3600m標高のGHAMI病院脇の霊安塔に村人に手厚く分骨され永遠の眠りについた。しかし、私には
「生きたお金を使おうじゃないか。」と天空から声が聞こえる。
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