新潟アピの会の会報第15号より、活動報告です。

「スリランカ報告」

スリランカ訪問記
2012年11月̶12月
2 年ぶりのNGO; PEaCE(Protecting Children and Environment Everywhere:国際NGO:ECPAT: End Child Prostitution and Trafficking of Children for Sexual Purposeのスリランカ支部)訪問、今回は倉田さん達と往復の飛行機及び一部日程を同行させて
もらったので、他国での緊急事態等に対する不安感がなく、私には大変有り難い旅であった。

スリランカではスマトラ沖地震・津波から8年、内戦終結から3年たち、以前のように生活苦や政情への不満を表立って言う人はなく、コロンボ市街は高層建築とショッピングモール等きれいな店が増えて都市化が加速していた。 前回以上に中国の勢いがすさまじく、コロンボ及び南部の港湾、地方空港、高速道路建設等の大型公共投資から、スポーツ施設やオペラハウス、町中のちょっとした専門店まで、目に見える開発・発展は殆ど中国が関わっているようであった。一般の人たちはどこか冷めた目でそれを見ているのだろう、中国はスリランカの偉大なお友達、でもキラーイと口々に言う。国内の雇用拡大につながらないからのようだ。PEaCE のメンバーも、その活動地域の人々も、このような目に見える進展とは無縁である。
スリランカは、一人当たりの国民総生産GDP が2,880US$、世界で123番目(183国中)であり、裕福な国ではないが、国民は教育及び健康管理を無料で受けられることになっている。しかし、教育も医療も行政から置き去りにされた地域があるのも事実である。そのようなコロンボ近郊ビーチ及
びスラム地域を中心に、PEaCE はこどもの虐待・ネグレクトからこどもを護り、貧困世帯の生活向上のために活動している。この問題は最近日本でもとりあげられているが、スリランカではより深刻である。国内各地で毎年約18 万人の不登校並びに中途退学児が報告され、児童保護局はこの状態が続けば、児童労働、児童の不法取引(性搾取)を含む児童虐待が増えるだろうと予測している。以前からスリランカは特に欧米から男の子の買春目的のセックスツーリズムがよく知られていたが、最近は更に国内の性暴力が増加し、毎年約2500̶3000人の16才以下の少女が妊娠している(家庭保健局)という。実際 昨年も4000̶6000件の種々の児童虐待事例が報告された(児童保護局・警察)。
私は、関西在住の旧友によるPEaCE 支援を手伝って今年で14年となる。今回の旅の目的は、2年前ちょうど世代交代の転換期にあったPEaCE のその後の状況を確認することにあった。2年経ってからの訪問は少し遅かったかもしれないが、今だから見えてきた事があるように思う。現地に行かなければ分からない最も気がかりだったプログラムはしっかり実施されていたので、先ずは安堵してい
るところである。

前回もこの会報に報告させてもらったように、PEaCE はコロンボ南・北地区やキャンデー等で公民館、学校、お寺や教会を借りて、こどもと若者には教育と技能研修プログラムを、更に地域住民全体には医療プログラムを実施しており、私たちはそれを全面的に支援している。彼らは学校や施設などいわゆる箱物を建てることを一切望まないので全てソフト面の支援である。プログラム内容はほとんど変わりなく、2年前の会報記載と重複するかもしれないが、訪問したプログラムについて記したい。
アフタースクール
5地域で各30人、月2回、1年コース。この13年間の子供数は約3000人。このプログラムをPEaCE が重視するのは、こどもの教育に関心を持たない・持てない低所得世帯のこどもの教育レベルを上げることにより、次世代に就職の可能性をひろげ、最貧困層を抜け出る道が開けて、同時に子供自身学習意欲をもち、PEaCE の最大課題である性虐待の根絶が期待できるからである。スリランカのこどもは全て5年生(10才)で最初の過酷な受験競争に直面する。受験者数は全国で約
39万人、そのうち76%以上の正解ができた約3 万人がその後の教育のための奨学金を獲得して、よりよい学校での中等教育が約束される(進学試験ではない)。プログラム実施地域の学校では、教師の質、教材・施設など十分な教育は望めず、奨学金獲得は至難であるが、プログラムにより、こどもが勉強に興味を持ち、成果が出始め、親の教育への関心も変わってきたようだ。教室では受験教科だけでなく、価値観教育として、環境、保健衛生、美術等も教えている。
或るクラスで、こどもたちに好きな勉強・嫌いな勉強、将来の夢、家族のこと、親の仕事など、いろいろ質問してみると、はにかみながらもしっかり答えてくれた。日雇いで働く親が多く、家庭環境が垣間見える。 また別の教室をアピの会との交流会にしたいと予め申し入れていたので、コララウエラのク
ラスは喜んで待っていてくれた。他学区からもこのプログラムに来ているとのことだが、ここの学校はキリスト教系のせいか子供達は簡単な自己紹介なら英語でできる子が多い。学力レベルは決して高くはないというが、こどもたちは積極的に将来への夢を話してくれた。
倉田さん発案の折り紙教室は大成功、器用な子は始めての鶴もさっさと折りあげた。日本人は折り鶴に祈りをこめるという話にも興味をもったようだ。ホテルでせっせと作った紙鉄砲、飛行機なども即席の玩具になった。
また紙風船のゲームも大騒ぎ、日頃とちがうクラスにすっかり解放されたのであろう、お土産の手製縫いぐるみや鉛筆を手に、帰途こどもらは車から離れようとせず別れを惜しんでくれた。いきいきしたこどもたちを見て、PEaCE のスタッフも双方向的教育の効果を実感したようだった。
 
職業研修
これまで13年間に料理・美容クラス等含めて受益者数は約950人。現在は公立又は認可職業研修所で学ぶ20人を支援。PEaCE は、若者が経済的に自立して、家庭の貧困を抜け出るためには、就職のための技能研修を最も重視している。IT、経理、電気、マシンオペレーター、金型製作、自動車整備、グラフィックデザイン、介護等、生徒は就職できそうな分野を選んで、自立を目指していることが直接の面談から実感できた。 また研修所や実習先もいくつか訪問した。介護専攻の生徒が実習中の老人ホームでは、20人ほどの女性高齢者がスリランカ風の大部屋にベッド一つのスペースを割り当てられ、なかには20年もここのベッドで暮らしている人もいた。実習生は一人一人の手を握り丁寧に話しかけて、介護の仕事にも慣れた様子、入居者にとって若い実習生との時間は何よりの癒
しとなるのだろう。ほっとする光景であった。
外国人の訪問も一時の退屈凌ぎになっただろうか。

医療
医療クリニック(内科医による、月1−2回、それぞれ5 ヶ所)と医療キャンプ(一般外来と歯科、年2 回)を実施。受診者数は1年にのべ約3,800人。2002年に医療プログラムをスタートしてからの受診者は累計約3 万人を超えた。教会やお寺や公民館を借りて実施する大掛かりな医療キャンプは、子供だけでなく家族も診察・治療をしてくれる場所として、周辺地域の住民に喜ばれている。
貧困地域ほど栄養、衛生設備(トイレ)、環境(ゴミ、排水等)条件が悪く、感染症にも生活習慣病にも罹患しやすい現実がある。津波後には行政からもこのキャンプ開催を求められた。 現在も被災者の多い地域を中心に定期的なクリニックを行い、医療プログラムは地域に定着したと思う。医療は住民全体の関心が非常に高いので、PEaCE は、他地域でも先ず医療からとりくみ、本来の子供を護
る活動への理解と進歩をはかりたいと考えている。病気のプライマリーケアはクリニック、こどもの学習ケアはアフタースクール、若者には少数ながら技能研修をと、これらの活動は、自治体支援の及ばない地域の草の根住民の強い味方になったと言えよう。
今回の医療キャンプは最貧困地域アングラナの教会で実施、前日からボランティアの人々が会場設営をして準備万端整っていた。
コーディネーターをはじめ、内科医2人、歯科医2人、薬剤師2人、歯科助手2人、現地ボランティア達が 約200名の患者の治療、検査、投薬などにあたるのも、毎回同じキャンプ風景である(2010年アピの会会報)。今回も特に重病はなく、上気道疾患、皮膚疾患、視力障害、齲歯、歯周病等が多かった。地域の住民はよほどでなければ、時間もお金(交通費、薬代)もかかる病院には行かないので、病気が進行してしまうことが多い。
このキャンプは病気の早期発見にも役立っている。母親の衛生意識も著しく向上したという。倉田さん達もキャンプに来てくださり、スタッフや医師と懇談した。

歯科診療

かわるがわる休憩をとる

キャンプの翌日はカルダムラのクリニック訪問。津波復興住宅が2年前より増設されて、人口も増えたのか、こどもも多く平和な風景である。一見快適なアパート暮らしに見えが、職に就けず生活は厳しいらしい。公設住宅の廻りには以前と同じ小さい家、水路沿いには粗末な住まいがむしろ増えていた。PEaCE に深く関わるJayatissa 医師が、糖尿病のような生活習慣病は、スリランカではむしろ貧困世帯に増えていることを指摘し、成人病ハイリスク者を早い時期に見つけて早期予防ができるように、この地域に月に2回のモデルクリニックを始めた。数年後に事態がよくなるか、地域保健の向上が見られるかをこの1ヶ所だけでもまとめられるようにとの思いからであった。 Jayatissa 医師はいつものように、懇切丁寧に全患者を診察、時々私を呼んで病状を説明してくれた。このクリニックでは血糖検査もその場で行う。今回は、医師の助言で、前回の受診記録(血糖、血圧など)を個人が保存し、毎回持参するようになっており、ノートに貼り付けている患者もいた。またこれまではこどもの水薬を家から持参したビンにいれ、軟膏はポリシートにしぼりだしていたが、市販のポリ容器に入れて投薬するようになっていた。こんな事でも大きな進歩といえる。
以上8日間、PEaCE とはこれまで以上に濃密な時間をすごした中で、思いがけない事もありいい事ばかりではなかった。 しかし何事も説明しつくそうとしてくれたことで信頼感が増したと思う。PEaCE は組織変換後2年たった今も、転換期にありがちな人事とお金の問題をひきずっており、今年度は非常に重要な時となった。我々も高齢化と病気をさておいて、今しばらくスリランカの底辺のこどもたちのためにも支援を継続できればと願っている。

2013年3月 松山 雅子