「新潟アピの会」2015年1月〜6月までの活動

「新潟アピの会」2015年1月〜6月までの活動をお知らせ致します。
 
1月14日 新潟県国際交流協会より依頼を受けて、五泉高等学校にて倉田洋子が「支えあう力」と題して講演。
2月14日 JICAタウンミーティングに民間NGO側として参加。
      堀内綾さんが現地での活動をアピ会代表で報告。会場参加者からの質問に渡辺茉莉さん、岩本紗綾さんがサポートに加わった。

写真:JICAタウンミーティングに出席した学生
渡邊、堀内、岩本。
2月20日 夢の橋さんからチャリティーコンサートのご招待を受ける。荒川久美子さんの美声と相馬上子さんの素晴らしいピアノ演奏に感激!暫し時を忘れる!
 
3月24日「祝卒業カレーパーティ」を開催。堀内綾さん、渡辺茉莉さんを送る会。
      涙、涙の楽しいお別れ会となりました。有難う!綾さん、茉莉さん!
 
5月3.4日「万代アースフェスタ」に参加。



写真:万代アースフェスタ
 
5月26日 新潟市立小針中学校にて国際理解授業。倉田洋子と岩本紗綾が講師となった。


写真:5月26日新潟市立小針中学校国際理解授業
岩本紗綾 国際情報大学3年
6月24日(一社)日本住宅協会より「平成26年度国際居住年奨励賞」を受賞。

写真:「平成26年度国際居住年奨励賞」受賞式にて。
 
昨年、新潟アピの会の19年間を纏める必要性を感じた所、偶然この応募を発見。アピ会の総まとめ記念として応募した所、「奨励賞」を頂く事になった。この賞を戴いて驚いたのは、アピ会の他関係者の皆様から一杯お祝いの言葉を頂戴した事でした。確かに日本全国から応募したNPO,NGOの中から選ばれた事は大変嬉しいことでした。今までも新潟ふれあい基金から助成金を頂いたり、ソロプチミストさんや白新中学校の生徒達の街頭募金や故人の寄付金を頂いたり、カレー販売の売り上げ等で、これまでのスリランカでの活動を続ける事ができましたので、今までアピ会を支えて下さった全ての関係者の皆様とスタッフの努力のお蔭で、この奨励賞を頂いたのだと思いました。本当に皆様、有難うございました!
私達の活動は決して一人では出来るものでは無いし、次の世代に「人を思いやる優しさ=国益」に為ることを伝えて行く必要性があります。手を伸ばせば何でも出来るこの国に生まれた私達は、国力が不安定な開発途上国に生まれたがゆえに絶望の中で、貧困と闘っている他国の人達の側にも行く事が出来ます。私達は只々、彼らの純粋さに胸打たれて、感動と感謝と共にこの活動を19年間やらせて頂きました。ナンテ幸せで贅沢な人生を歩ませて頂いているのかと思います。次はこの道に入った人にしか分からない素晴らしさと学びを次の世代に明るく楽しく豊かに笑顔で、伝えて行くのが私達の仕事ではないのかと思っています。            

新潟アピの会 倉田洋子

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2015.06.28 Sunday 08:56 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

新潟アピの会が国際居住年奨励賞

一般社団法人日本住宅協会「平成26年度国際居住年奨励賞」を受賞致しました。
これも偏に今まで、NGO新潟アピの会を応援して頂いた皆様のお蔭です。
心から御礼申し上げます。
これからも益々、スタッフ一同、精進致しますので、ヨロシクお願いいたします。





新潟アピの会 倉田洋子

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2015.06.25 Thursday 15:16 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

新潟アピの会 2014下半期の活動報告

昨年に引き続き、なるべく新潟の学生さん達に現地に行って貰いたいと思い、9月22日〜29日まで、スリランカ2度目の新潟県立大学4年生の堀内綾さんと新潟大学院2年生の渡辺茉莉さんに現地調査の為に行って貰いました。
 
7月31日新潟市立白新中学校国際・地域交流委員会の皆さんからの招きで「アピの会のその後」としての授業で、岩本紗綾さんと共にお話。
8月1日 私立東京学館中村和美先生のクラスに「旅のすすめ」として堀内綾さんを講師として派遣。
9月7日NGOネットワーク主催「新潟国際フェスタ」に参加。
9月22日〜29日 スリランカ、ハンバントータに調査スタディーツアー。
10月25・26日「国際交流・協力団体発表展示会」クロスパルにて参加。
10月31日 新潟翠江高校「世界の文化」授業。佐々木美恵さん・岩本紗綾さん講師
12月22日「フェスタ万代島2014」に販売として参加。
又アピの会特製カレーを10月24日の西新発田高校の文化祭にて、学生たちが作って販売。11月1日も新潟青陵大学学園祭においてキーマカレーを作って販売してくれたグループがありました。本当に、皆様「何かお役に立てますか?」と言って、講師に呼んでくださったり、カレーを販売して資金作り協力をして下さったり、いつもながら、心から今年もお世話になった方々に感謝申し上げます。有難うございました。    
 倉田洋子記

 
2014.12.27 Saturday 10:54 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

初めてスリランカを訪ねて

【新潟アピの会】より会報vol.13に原稿をお寄せいただきました。
 
2014年9月22日から同29日までの日程で堀内綾さんとスリランカに滞在した。飛行機から見た初めてのスリランカは既に夜だった。日本の夜景のように整列されているわけではなく光は散在していて、明滅しているように見えた。不思議な感覚を持ったまま着陸を待っていた。
私の旅の最大の目的は「自分を何かの役に立てる」ことだった。私は高校時代から大学2年の半ばまで同居する祖父の介護や家族のサポートをしてきた。自分が役に立っている、自分がいる意味を介護やサポートに見出していたが、その必要がなくなったとき、つまり役に立てる場面がなくなった時、自分の存在する意味があやふやになっていることに気がついた。そんな時に倉田さんから、「スリランカで手伝いをしてくれないか」と声をかけられ、「行きます」と返事をしたのである。
 
今回の旅ではマータラの孤児院とハンバントータの孤児院を訪問し、日本の音楽と踊りを紹介して一緒に体験することを企画した。用意した曲はAKB48の恋するフォーチュンクッキーと、新潟甚句である。新潟甚句はCDに合わせて私が歌い、堀内さんが踊りを教えることになった。歌と踊りを選んだのは、言葉がなくても通じるものがあると思ったこともあるし、私が趣味で民謡を習っていたこともある。思いがけないところで自分の身につけたものを活かせる場を得たのだ。スリランカのものとは違う、珍しい日本の歌と踊りに触れて、どちらの孤児院でも子ども達ははしゃいでいる様子だった。中でも印象的だったのは、ハンバントータの孤児院で、歌も踊りもやり終えて片付けをしようとした時のことだ。薄暗い室内は夕日が差し込んでいた。どの子が言い始めたのかわからないけれど、もう一度日本のトラディショナルな歌を歌ってほしいと言う。私は子どもたちに囲まれて新潟甚句を唄い、子どもたちがお礼にと、スリランカの歌を歌ってくれた。派手な楽器も踊りもないし、歌詞の意味もわかっていないけれど、歌いあえたことが無性に嬉しかった。

彼らの普段の様子を私は見たことがないが、堀内さんはマータラの孤児院に滞在したことがあるという。することがほとんどなく、日常に変化がないらしい。だからこそ私や堀内さんのような普段いない人、見かけない容姿をもつ存在が現れたこと、聞いたことのない音楽を持ってきて、見たことのない踊りを一緒に踊るというのは、とてつもない刺激になったのではないだろうか。変化のない日々を根本的なところから解決する方法ではないが、踊りや音楽は私たちがいなくてもできる。多少継続性のある刺激になることができたのではないかと思う。
 
スリランカを離陸する時も夜だった。来た時と同様に点在する光は見えたり見えなかったりしていた。しかし今は、まばらに見え隠れする光は木々に埋もれるように立つ家々からわずかに漏れ出ている光であり、その中にも規則的に光が配置されていて、そういうところは綺麗に整備された道路だろうと予想できた。初めてスリランカを訪ねて得られたのは、自分を何かの役に立てるという経験だけではない。ただの観光ではきっと得られなかった、その地に生きる人たちとの交流とその温かさだと感じている。
渡邊茉莉

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2014.12.27 Saturday 10:43 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

「新潟アピの会」の2014年度1月〜6月までの活動報告

最近のアピの会は学生さん達に頑張って貰いたい!と痛切にねがってました!
2月16日JICA 主催「新潟グローバルセミナー・飛び出せニイガタ人」に参加。
県立大の堀内綾さん、国際情報大、新潟大学からのボランティアの皆さんが大活躍。
3月、ふれあい基金から「ハンバントータ・タンク建設費」を渡すためにスリラン
カに行って来ました。この文章はスリランカに行った岩本紗綾さんの報告書です。
 
「みなさん、こんにちは。新潟アピの会の学生スタッフの岩本と申します。私は3月15日〜27日の15日間、倉田さんにスリランカに連れて行ってもらいました。今回のツアーの前半は通常のスタディツアーですが、後半は私のためにアレンジしてくれたオプショナルコースでした!!もちろんそれは、倉田さんを始めとするアピの会のスタッフの方々の日頃からのスリランカ現地への貢献があったからです、そして何よりも出会ったすべての現地の方々による「アピの会を大切に、日本との交流を大切に・・・」という気持ちから来たものです。皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。私は今回のツアーで特に2つのことに心を動かされました。1つ目はスリランカの人々の「思いやり」に感動したことです。私は英語もシンハラ語もほとんど分からない状態でしたが、バンテさん、ジャヤランタさん一家、アピの会が運営補助している孤児院やスクール(小中高)の皆さん、多くの人たちが、私のたどたどしい英語を一生懸命に理解しようとしてくれました。又、マータラの孤児院の女の子たちと海辺で遊んだ時には、私が何気なく「その髪飾りはラッサナイ(シンハラ語で美しい)ね。」とある女の子に言いました。するとその女の子は私にその髪飾りをとてもさりげなく手渡したのです!(そんなに親しくもない豊かな日本から来たこの私に!)このように、私が受けた「思いやり」は計り知れません。少しずつでも返していきたいと思っています。2つ目に心を動かされたことは、資源の大切さです。ハンバントータの孤児院で、最近、出来上がった小池を見ました。以前は沼まで孤児院の少年少女が毎日水を汲みに行っていたそうです。日本のように、きれいな水がすぐに飲めるのは本当にありがたいと思いました。そして、滞在5日目に停電がありました。日常的に停電が起こるそうです。電気が使えるのは当たり前ではないことにも気付かされました。これらのことから限りある資源をどう使うか?についても考えさせられました。他にも学んだことや経験したことは多くあります。そのどれもが日本にいるだけでは理解し得ないことでした。このすばらしい機会をいただけて、私は本当に幸せです。このスリランカでの思い出を自分の心にしっかりと留めてこれからの自分の人生を充実させてゆきたいと思っております。これからも宜しくお願いいたします。
新潟国際情報大学2年岩本紗綾。」
 
5月2日スリランカのマータラ&ハンバントータ孤児院を運営しているラッタナシリ大僧正が新潟に急に来県。新潟県国際交流協会に御礼挨拶後、新潟県立大学黒田教授のセミナーにて「海外から見た日本の良い所、悪い所」を学生達と英語でデスカッション!。最高に楽しかった高度なセミナーでした。
5月4・5日「万代アースフェスタ2014」に参加。にいがたフェアートレード委員会さんよりボランティアの皆さんが来てくださいました。感謝!
今年9月にふれあい基金の報告書作成の為、スタッフがスリランカに行きます。又引き続き、大学生が10月中旬〜2ケ月間、孤児院にボランティアとして滞在する予定です。一人で現地に行って、自分と他者を見てみる凄い機会です。これからの新潟を作って行く若者が更なる成長をします様に!



砂に書いた名前



ハンバントータの孤児院にて


小中高スクールにて

ハンバントータ孤児院にて

マータラ孤児院ガールズ年長さん達と
「スピークアップの渡辺さんより託された平和のキャンドル」を渡して。

代表 倉田洋子

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2014.07.02 Wednesday 20:20 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

スリランカ・ハンバントータ貯水槽と東日本・山元町桜プロジェクト

この度、新潟県国際交流協会による「新潟・国際協力ふれあい基金」よりスリランカ南部のハンバントータ市にあるメッタチルドレンホームの子ども達及び周辺住民へ、安全な水を提供するための貯水槽を建設する助成金を頂く事になり、2013年度の事業として代表の倉田がスリランカの現地に今年の3月に訪問いたしました。ハンバントータ市は中国による大規模な土地開発が行われている一方、住民の生活は苦しい状態が続いています。スリランカ国内でも有名な乾燥地帯であるこの地域では、作物も育たず、生活用水の確保もままなりません。メッタチルドレンホームの子供達も例外ではなく、毎日近く(…といっても片道1.5km)の湖まで生活用水を汲みに行くという生活を送っていました。今まで白新中学校の募金や新潟中央高校JRCのお手伝いによるアピ会特製カリーの売上金から、湖からモーターポンプで水を汲み上げ、小さな貯水タンクに水を流すという方法を使っていましたが、今回は「ふれあい基金」の助成金によって、この土地に池を作り5,000Lの大型貯水槽を建設します。この水はメッタチルドレンホームや隣接する幼稚園の子ども達の生活及び飲料水だけでなく、この地域に「夢だった農作物を作る」という周辺住民を含めたこの土地の将来の為に、今までにやった事が無い小規模実験農場を作り、この貧困地域に大きく貢献する場所を建設して行く事になります。この貯水槽建設工事は今年の秋までには完成する予定です。

2011年3月、未曽有の大災害と言われた東日本大震災がありました。私はその中で、宮城県の山元町という地域に同年6月から通っております。当時、私が通う地域はライフラインも寸断されたままで、水は大変貴重なものだった事が思い出されました。手を洗う時の水、雑巾を洗う水、泥を流す水、水がないことで出来なかった事もたくさんありました。徐々にボランティアの数も増え、活動が広まっていった頃、住民の方々が見るに見かねたのか、井戸掘を手伝ってくれることになりました。地元の方々に教わりながら、ボランティアも一緒になって井戸を掘り、水が出た時のみんなの笑顔は忘れられません。

あの大震災から3年が経ちました。まだまだ復興には遠い状況ですが、町の様子もずいぶん変わりました。瓦礫や骨組だけの建物は全てなくなり、新しい建物が建っているところも多くあります。町は少しずつ「きれい」になっています。震災の痕跡が少しずつ消えていっています。震災の事を「忘れたくない」と思う人、逆に「思い出したくない」人、それぞれの人の中で心の葛藤があると思います。南三陸の防災庁舎や石巻の大川小学校、あらゆる地域で壊すか残すかの議論は行われてきました。そんな中、外部の私達にできることは、ただ一つ「忘れない事」だと思っております。今、当たり前と思っている日常生活が、ある日突然なくなってしまう事、当たり前のように会っていた人と二度と会えなくなる事、大切な人や思い出がたくさん詰まった家を失い、悲しみの中、今も必死に歯を食いしばり生きている人がたくさんいる事。決して忘れないでください。

新潟アピの会は、今までに新潟から山元町を応援している皆様のお気持ちを届けて参りました。この度もジェットストリームさん・リランさんから寄付金をお預かりし、山元町で活動している「おてら災害ボランティアセンター」藤本センター長へお届けしました。震災から3年が経っても、変わらずに思いを寄せている人がいる事、とても有り難く心から感謝申し上げます。アピの会の活動はスリランカが中心となりますが、これからも山元町を忘れる事無く遠くから応援していきたいと考えています。私個人は、これからも山元町へ通いますので、また何かありましたらご報告させていただきます。皆様、どうもありがとうございました。

佐々木美恵
(新潟アピの会 会報 第16号より)

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2014.06.14 Saturday 23:00 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

スタディツアー報告

みなさん、こんにちは。新潟アピの会の学生スタッフの岩本と申します。私は3月15日から3月27日の13日間、倉田さんにスリランカに連れて行ってもらいました。今回のツアーの前半は通常のスタディツアーですが後半は私のためにアレンジしてくれたオプショナルコースでした。(私のような特別なツアーは「いつもアピの会に貢献してくれた恩返しだ。」と倉田さんは言っていました)つまり、私は今回のツアーで普通ではありえないような待遇を受けてしまったのです!!・・・もちろんそれは、倉田さんを始めとするアピの会のスタッフの方々の日頃からのスリランカ現地への貢献があったからです、そして何よりも出会ったすべての現地の方々による「アピの会を大切に、日本との交流を大切に・・・」という気持ちから来たものです。皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。

私は今回のツアーで特に2つのことに心を動かされました。1つ目はスリランカの人々の「思いやり」に感動したことです。私は英語もシンハラ語もほとんど分からない状態でした。しかし、バンテさん、ジャヤランタさん一家、訪問した孤児院やジュニアスクールの皆さん、そのほかにも多くの人たちが、私のたどたどしい英語を一生懸命に理解しようとしてくれました。

さらにこんなこともありました。マータラの孤児院の女の子たちと海辺で遊んだ時に、私が何気なく「その髪飾りはラッサナイ(シンハラ語で美しい)ね。」とある女の子に言いました。そうしたら、その女の子は私にその髪飾りをくれたのです。それもとてもさりげなく。このように、私が受けた「思いやり」は計り知れません。少しずつでも返していきたいと思っています。

2つ目に心を動かされたことは、資源の大切さです。ハンバントータで、沼から引いた水で作った小池を見学しました。以前は沼まで水を汲みに行っていたそうです。日本のように、きれいな水がすぐに飲めるのは本当にありがたいと思いました。そして滞在5日目に停電したことがありました。日常的に停電が起こるそうです。電気が使えるのは当たり前ではないことにも気付かされました。

これらのことから、限りある資源をどう使うか、どう使わないかについても考えさせられました。これらの2つのこと以外にも学んだことや経験したことは多くあります。そのどれもが日本にいるだけでは理解し得ないことでした。この素晴らしい機会をいただけて、私は本当に幸せです。今は日本に帰って、普段の生活を送っています。でも、スリランカでの13日間の思い出を自分の心にしっかりと留めておきつつ、アピの会の活動に参加したいと思っています。よろしくお願いします。

岩本紗綾
(新潟アピの会 会報 第16号より)

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2014.06.14 Saturday 21:49 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

スリランカ滞在報告書

2013年6・7月、スリランカの南部マータラにある児童保護施設Metta Youth Centerにお世話になっていました。今回、東南アジアからアフリカまで旅をしたのですが、スリランカはちょうどその中間点になります。その児童保護施設では身寄りのない子供や事情があって家族と一緒に暮らせない子供が約60人住んでいました。そこへ、新潟アピの会がボランティアとして、私を派遣してくれました。まず今回ご報告したいのは、そこでの暮らしがどんなものだったのか。そしてそこから見えた実状と、それに私が感じたこと。またスリランカ滞在中に感動したことをお伝えしたいと思います。

最初に、その児童保護施設(以後、施設とする)での生活をご紹介します。ここで生活しているのは、約60人の5〜20歳の女の子、2人のマザー、料理を作ってくれるお年寄り2人、管理人、事務の女の子1人と掃除婦さん1人でした。平日は子供達が朝6時頃に起きるので私もそこで一度目覚めます。子供達は朝のお祈りをして朝食を食べた後、学校へと向かいます。しかし一部の子供達は施設に残ったままでした。私はその施設に残った子供達と遊んだり、隣接している幼稚園でボランティアしたりして午前中を過ごしていました。この学校に行かない子供達の存在がとても不思議だったので、マザーに話を聞いてみると、彼女達の一部は日本で言う高校生たちで、授業が週四日ほどしかないので施設にずっといる日もあるそうです。また、一部の子供は高校に上がるテストに受からず、留年しているとの事です。そういった子供は大抵勉強が苦手でそもそも学校に通いたくないのだ、と言っていました。

午後二時頃、学校に行っていた子供達が帰って来たら、昼食を食べ、その後は洗濯物を洗ったり、順番にシャワーを浴びたりします。しかし60人も子供がいて、彼女達が洗濯物とシャワーで水を使えば、すぐにタンクに貯めてある水が無くなってしまい、しょっちゅう供給停止に陥っていました。テスト前の時期は3時から4時の間は勉強の時間で、皆食堂に集まって勉強していました。そうでない時は基本的に6時のお祈りの時間まで自由時間でした。夕飯は大体7時からでいつも数人の子供が当番制で食事の準備を手伝っていました。食事の後は自習時間で勉強したり、年下の子供は部屋で遊んだりしていました。

最初の一週間で感じたのは、子供達が何を求めているか分からない、ということでした。英語が理解出来る子供が1人しかおらず、他の子供とのコミュニケーションを取ろうと思っても、彼女達が何を言っているか全くわからなかったのです。そういった状況だったので、最初の一ヶ月は空き時間を見つけては、シンハラ語の勉強をしていました。シンハラ語教えて!と子供に声をかけると、皆集まってきて、それぞれ違う事を教えてくるので、1人2人捕まえてこっそり教えてもらったりしていました。あと夜はマザーに英語からシンハラ語に翻訳してもらったりしながら1ヶ月学んでいました、すると、2ヶ月目入った辺りから、子供達やマザーが何について話しているか何となく分かるようになってきました。ある日、マザーと英語で話していたら、スルっとシンハラ語が出てきて、マザーが大喜びしてしまい、その日一日中、皆に綾がシンハラ語を話始めたと拡散していました。それから日常会話はシンハラ語混じりで話すようになり、夜に中庭で月明かりの下でシンハラ語を使いながら、日本語を教えたりするようになりました。またその頃になると、子供達がそれぞれの事情をあたしに伝えてくるようになりました。その内容の多くが、自分の家族の事。もしくは子供同士の喧嘩の理由でした。彼女達は、母親が外国に出稼ぎに出ており、祖母がいない場合、父親と2人で住むことは出来ないので、こういった施設に預けられていたり、両親ともいるが収入が無くて育てられなかったり、虐待をされて保護されて来た子供達でした。そしてそういった子供たちは基本的に他人を信用出来ず、精神的にも未熟なので、しょっちゅう喧嘩をしてしまいます。なので、小さなことで喧嘩が起きる、泣く、助けて欲しいが甘える場所が無い、逃げる場所も無く、ストレス発散出来るような事も無い状況でした。家族に会いたいと泣いていた子供に、マザーは「ここには姉妹のような友達もたくさんいるじゃない」と言ったら、彼らは「自分の本当の家族では無く、しょうがなく一緒にいる人達だから」というような答えが返ってきました。2人のマザーは24時間体制で子供の面倒を見て、彼女達の事を可愛がっていましたが、どうしたって60人を2人で見るのは限界があるようでした。子供達もマザーの事は大好きですが、いつでも独り占め出来るわけではないのでやっぱり寂しがっていました。また、面倒見の良い年長者の女の子が下の子供のお姉ちゃん役をやっていましたが、そのまだ17、18歳のお姉ちゃんの話を聞いてあげて、将来を案じて助言をくれたりするような存在はいませんでした。時々教育委員会のような人たちが、子供達の話を聞きに来ていましたが、普段一緒にいない彼らに子供達が本音を話す事はとても難しいことのように感じました。そこで私がいる間は少しでもその子達の力になろうと思い、一緒に暮らしていました。しかしたった2ヶ月では彼女達の言っている事のほんの一部しか理解出来なかったですし、無力感に襲われることも多々ありました。


そんな中で子供達が一番喜んでいたのが写真。デジカメで写真を取ると、ほとんどの子供がその写真を頂戴とおねだりしてきました。彼女たちは個人の写真を欲しがり、皆で撮ろうとすると、写真に入ってくるな、としばしば喧嘩になることもありました。やはりそこでも「自分だけ」のものを欲しがっていたように感じました。その施設を支援しているお坊さんが、写真のプリントアウト機器を持っていたので、そこで写真をプリントアウトして子供達にあげていたのですが、途中でふと違和感があったので考えてみると、子供達が写真を受け取った後、Thank youを言わずに去って行っていました。そこに注意をしながら見ていると、感謝の言葉を子供達が使う事はあまりなく、シンガポールから来た客人に対しても、個々にお礼を言うということが全くと言っていいほど出来ていませんでした。家族が守ってくれない立場で、今後も他人の力を借りながら、生きていかなければ行けない子供達が、感謝の言葉を口に出さないのは問題だと思い、それをマザーに相談しました。マザーも同じように思っていたようで、その後は子供たちに感謝の言葉を伝えるように、と結構口酸っぱく言っていました。そのかいあってかしばらくすると、いろんな場面で子供たちのThanksが聞けるようになりました。この習慣が将来彼らの人生にプラスに働けば、と願います。
このようにいろんな問題が山積みの子供達ですが、笑顔がとっても可愛くって私のことをいつもお姉ちゃんと呼んでくれて仲良くしてくれて、とても良い子達でした。離れたって、私が彼らと過ごした時間は消えず、彼女達の記憶に少しでも残ればいいなと思います。この施設を出る時は二ヶ月間の日々が頭に流れてマータラから首都にたどり着くまでの間は涙が止まりませんでした。

さて、次はスリランカ滞在中に楽しかった出来事を三つ紹介しようと思います。
まずは一つ目、ペラヘラ祭について。これはスリランカ各地で行われるパレードのようなものです。日本で言うと、夏祭りのようなものでしょうか。私が見たペラヘラはティッサマハラガマという場所で行われたもので、国内でも三本の指に入るような規模のペラヘラでした。一番はキャンディで行われるものだそうです。屋台がたくさん並び、皆がそのパレードを見ようと場所取りをしていました。そのお祭りのためにシンガポールの仏教徒の支援団体が来ており、彼らがVIP扱いだったので、幸運なことに、私もそのVIP席でそのパレードを見ることが出来ました。パレードはまずファイヤーショーから始まり、鞭の芸、色とりどりの衣装を着て、様々なダンス、楽器の演奏、そして象による行進です。このペラヘラでは位の高い象の背中に、仏歯を乗せて行進するのが目的だそうです。仏歯を乗せた象の周りを囲むように高位僧達も行進していました。目の前で行われる圧倒的なパフォーマンス、力強い太鼓の音に、華麗なダンサー達、そして象の行進は、スリランカという国、文化がどれだけ素晴らしいものか表すには充分過ぎました。いつか必ずキャンディで行われる国内一のペラヘラを見に行きたいです。



次に感動したことの二つ目は、施設で停電が起きた時のことです。断水や停電などはしょっちゅうありましたが、この時は色々な出来事が重なり、忘れられない一晩となりました。何がそんなにも感動したかというと、明かりのない夜に、目の前一面にふわりと漂う蛍の光と、頭上に輝く星たちでした。その日は断水がいつもより長く、子供達とタンクの元栓を確認しに行ったら、そこで停電が起きました。目が慣れて、しばらくすると目の前の空き地にふわふわとたくさんの蛍が飛んでいたのです。日本で滅多に見られない蛍の大群に感動して、蛍が上空に飛んでいくのを追っていたら、たくさんの星が夜空に輝いていました。この日は快晴でしかも新月だったので星がとっても明るかったのです。蛍と星空のコラボは幻想的で忘れられない一晩になりました。



三つ目はマザーの実家にお泊りした時の経験です。バスを乗り継いで4時間、南部の田舎にたどり着くとバナナ畑が広がり、農業している地元の人達がいました。そこではマザーのお兄さんとその奥さんとその子供3人が出迎えてくれました。子供は私と同い年の男女の双子と、3つほど下の女の子でした。子供達が私を連れて近所を案内してくれたり、一緒にご飯の準備をしたりして過ごしていました。ココナッツの殻が捨ててあるところは貝塚のようになったり、近所で作っていたヨーグルトのような食べ物の制作過程を見たりと、見るもの全てが目新しいものばかりでした。夜は家族皆で集まっておしゃべりをしていたのですが、話の中でも驚いたのが、時期になると野生の象がその村にやってくるという話でした。とても危ないので、近くに目撃情報があった夜は一晩中火を炊いて、象が近寄って来ないようにするそうです。双子の話では野生の象はとても怖いとの事でした。

帰りはカタラガマというシンハラ、タミルの両民族が聖地としている場所に双子の女の子の案内で行ってきました。彼女はコロンボの大学に通っており、英語が上手で、自国の歴史や文化についてもとても詳しかったので、色々な事を教えてくれました。同じ大学生として、自分は日本の事を全然知らないのだな、と恥ずかしくなりました。大学まで教育を受けているのであれば世界共通語で会話が出来る、自国の事を説明出来る、というのは最低限の教養であるべきだと感じました。

国際的な場に出る人間になるというのはこの最低限の教養に、専門的な知識を持つ事が必要だと今回のスリランカで身をもって実感しました。ボランティアとして現地に入っていても、自分はこういった分野の知識があり、こういった事で手助け出来るという自覚が無ければ、結局現地に行っても何をしていいか分からず、無力感に襲われて、右も左も分からない場所で、現地の人のお世話になるしかありません。言い方を変えれば、彼らのお荷物です。ボランティアを必要としている場所でお荷物になるというのは、どれだけ有り得ないことか、言うまでもありません。しかし、このレベルに行くまで海外でボランティアをするな、という訳ではなく、未熟なりに現地で学び、吸収できることも多くあると思います。私が今回スリランカで得た経験は今後の将来に強い影響を与えるはずです。アピ会が提供してくださった場所は私のような人間でも受け入れてくれる場所であり、そこで相互に成長出来るような環境を作ろうとしていました。本当に倉田さん、並びにアピ会の方々、マータラの皆様には感謝しております。

最後に、異国で生活するということは、他を知り自己を知る、ということ。自分の存在意味や将来のビジョンが曖昧な若者たちにもっともっと外に出て欲しいです。そこで国際協力に携わりたいと思う人間が増えるのは素晴らしいことです。少しでも興味のある若者が異文化に触れて海外での生活を提供するような国際団体が今後もさらに活性化すること、そして自分も、そのような団体に積極的に協力していきたいと思います。


新潟県立大学三年 堀内綾

掲載:
にいがたNGOネットワーク
 

2013.11.20 Wednesday 18:04 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

「新潟アピの会」活動報告

 【にいがたNGOネットワーク会報2013年7月号に掲載します】
 
 2013年からは大学生の皆さんにスリランカ南部にあるメッタチルドレンセンターにボランティアとして入って欲しいと願ってました。メッタチルドレンセンターはマータラ市にあるGirlsHomeとハンバントータ市にあるBoysHomeがあり、スリランカ津波孤児や貧困ゆえに家に居られない子供達の世話や技術指導をしたり、貧困地域の村に入るボランティアがカナダ、デンマーク、韓国、シンガポール等からいろいろな立場の人達が来ています。

 昨年、久しぶりに内戦終了したスリランカに行って、何に感動したか?ボランティアとして入っている各国の人達の屈託のない明るい元気な笑顔と人を幸せに導くリーダシップ力の強さと熱意でした。そして「このままだと〜世界から日本人は外されてゆくかもしれない!」という恐怖感が瞬時、私を襲いました。内戦間もない東部、北東部、北西部地域の難民地帯は別として、スリランカの観光地はどこでも韓国、中国人のツアーばかり。内戦終了後スリランカは観光国として外貨を獲得しようと一生懸命。私達日本はというと・・・まだまだ先がよめません。こんな時代だからこそ海外に特にこれからの時代を向える開発途上国に日本の未来を作る人達が行くべきだ、と痛切に思いました。

 そこでJICAの本田さんに「度胸があって、英語が話せて海外に行きたいと思っている学生を知りませんか?」と尋ねた所「丁度、ピッタリの学生さんがいます。」という事で、5月29日〜7月末まで、新潟県立大学3年生の堀内綾さんが現在GirlsHomeに入ってボランティアをしています。最初、「やっぱり言葉の壁、習慣の違いにぶち当たっています。」とメールが来ましたが、「今はシンハラ語を学んでいます。」とMEETAgirlsのお姉さんとして地元の人達からも親しまれているようです。

 さて、当会には新潟県立中央高等学校の卒業生が何人かメンバーとして、カリーの袋詰め作業や販売にも手伝いに来てくれています。5月3、4、5日に開催された万代アースフェスタにもお手伝いとして、4、5日に国際情報大学生が来てくれました。9月7、8日Nネットが開催する「国際フェスティバル」にもスリランカ留学生メナカさん達と参加してくれる予定です。日本からの栄えある第1号の堀内綾さんに続いて、次はどなたがメッタチルドレンセンターに行ってくれるのかと・・・天を仰いで楽しみにしている今日この頃です。

                    会長 倉田洋子





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2013.07.18 Thursday 22:32 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)

新潟アピの会スパイスカリーを「ほわぎ」で販売中

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おいしい社会貢献!カレーでスリランカの孤児たちにチャンスを!
   〜本格スリランカ スパイスカリー 全5種類〜
NPOなセレクトショップほわぎ
http://www.howagi.net/
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26年にも及んだスリランカの内戦は2009年に終結しました。
しかし長い戦渦で親を失った子どもたちは大勢います。
そうした子どもたちが暮らす孤児院を支援してきたNGO、
「新潟アピの会」から本格的なスパイスカリーが届きました。

現地で仕入れた原材料を、調理がしやすいよう小袋に分け、番号をふり、
レシピやスパイスの効能を書いた紙とセットにした商品。
フェアトレードに関心が高い方や、
食品添加物に敏感な方たちに人気があったものの、
これまで、新潟市内のごく一部でしか販売されておらず、
広く紹介する機会がほとんどなかった商品です。

暑くなると、より一層カレーが恋しくなりますよね!
油と塩分たっぷりの市販のカレールーとは一味違った、
ヘルシーでおいしいスパイスカレー、ぜひお試しください!
売上は「新潟アピの会」を通じて現地の孤児院に寄付され、
食費や教育費に充てられます。
日本では当たり前の権利が、まだまだ充分でない子どもたち。
その子たちが夢や希望を持てるように、
このカレーで少しだけ後押ししよう!

NPOなセレクトショップほわぎ
http://www.howagi.net/
『スリランカ スパイスカリー(全5種類)』
 ・チキン(辛口)  ¥550
 ・チキン(中辛)  ¥550
 ・キーマ(挽き肉) ¥500
 ・ポテト       ¥550
 ・ベジタブル    ¥450



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2013.06.22 Saturday 09:28 | 新潟アピの会 | comments(0) | trackbacks(0)