新潟アピの会

「新潟アピの会」の2014年度1月〜6月までの活動報告

最近のアピの会は学生さん達に頑張って貰いたい!と痛切にねがってました!
2月16日JICA 主催「新潟グローバルセミナー・飛び出せニイガタ人」に参加。
県立大の堀内綾さん、国際情報大、新潟大学からのボランティアの皆さんが大活躍。
3月、ふれあい基金から「ハンバントータ・タンク建設費」を渡すためにスリラン
カに行って来ました。この文章はスリランカに行った岩本紗綾さんの報告書です。
 
「みなさん、こんにちは。新潟アピの会の学生スタッフの岩本と申します。私は3月15日〜27日の15日間、倉田さんにスリランカに連れて行ってもらいました。今回のツアーの前半は通常のスタディツアーですが、後半は私のためにアレンジしてくれたオプショナルコースでした!!もちろんそれは、倉田さんを始めとするアピの会のスタッフの方々の日頃からのスリランカ現地への貢献があったからです、そして何よりも出会ったすべての現地の方々による「アピの会を大切に、日本との交流を大切に・・・」という気持ちから来たものです。皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。私は今回のツアーで特に2つのことに心を動かされました。1つ目はスリランカの人々の「思いやり」に感動したことです。私は英語もシンハラ語もほとんど分からない状態でしたが、バンテさん、ジャヤランタさん一家、アピの会が運営補助している孤児院やスクール(小中高)の皆さん、多くの人たちが、私のたどたどしい英語を一生懸命に理解しようとしてくれました。又、マータラの孤児院の女の子たちと海辺で遊んだ時には、私が何気なく「その髪飾りはラッサナイ(シンハラ語で美しい)ね。」とある女の子に言いました。するとその女の子は私にその髪飾りをとてもさりげなく手渡したのです!(そんなに親しくもない豊かな日本から来たこの私に!)このように、私が受けた「思いやり」は計り知れません。少しずつでも返していきたいと思っています。2つ目に心を動かされたことは、資源の大切さです。ハンバントータの孤児院で、最近、出来上がった小池を見ました。以前は沼まで孤児院の少年少女が毎日水を汲みに行っていたそうです。日本のように、きれいな水がすぐに飲めるのは本当にありがたいと思いました。そして、滞在5日目に停電がありました。日常的に停電が起こるそうです。電気が使えるのは当たり前ではないことにも気付かされました。これらのことから限りある資源をどう使うか?についても考えさせられました。他にも学んだことや経験したことは多くあります。そのどれもが日本にいるだけでは理解し得ないことでした。このすばらしい機会をいただけて、私は本当に幸せです。このスリランカでの思い出を自分の心にしっかりと留めてこれからの自分の人生を充実させてゆきたいと思っております。これからも宜しくお願いいたします。
新潟国際情報大学2年岩本紗綾。」
 
5月2日スリランカのマータラ&ハンバントータ孤児院を運営しているラッタナシリ大僧正が新潟に急に来県。新潟県国際交流協会に御礼挨拶後、新潟県立大学黒田教授のセミナーにて「海外から見た日本の良い所、悪い所」を学生達と英語でデスカッション!。最高に楽しかった高度なセミナーでした。
5月4・5日「万代アースフェスタ2014」に参加。にいがたフェアートレード委員会さんよりボランティアの皆さんが来てくださいました。感謝!
今年9月にふれあい基金の報告書作成の為、スタッフがスリランカに行きます。又引き続き、大学生が10月中旬〜2ケ月間、孤児院にボランティアとして滞在する予定です。一人で現地に行って、自分と他者を見てみる凄い機会です。これからの新潟を作って行く若者が更なる成長をします様に!



砂に書いた名前



ハンバントータの孤児院にて


小中高スクールにて

ハンバントータ孤児院にて

マータラ孤児院ガールズ年長さん達と
「スピークアップの渡辺さんより託された平和のキャンドル」を渡して。

代表 倉田洋子

情報掲載:
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新潟アピの会

スリランカ・ハンバントータ貯水槽と東日本・山元町桜プロジェクト

この度、新潟県国際交流協会による「新潟・国際協力ふれあい基金」よりスリランカ南部のハンバントータ市にあるメッタチルドレンホームの子ども達及び周辺住民へ、安全な水を提供するための貯水槽を建設する助成金を頂く事になり、2013年度の事業として代表の倉田がスリランカの現地に今年の3月に訪問いたしました。ハンバントータ市は中国による大規模な土地開発が行われている一方、住民の生活は苦しい状態が続いています。スリランカ国内でも有名な乾燥地帯であるこの地域では、作物も育たず、生活用水の確保もままなりません。メッタチルドレンホームの子供達も例外ではなく、毎日近く(…といっても片道1.5km)の湖まで生活用水を汲みに行くという生活を送っていました。今まで白新中学校の募金や新潟中央高校JRCのお手伝いによるアピ会特製カリーの売上金から、湖からモーターポンプで水を汲み上げ、小さな貯水タンクに水を流すという方法を使っていましたが、今回は「ふれあい基金」の助成金によって、この土地に池を作り5,000Lの大型貯水槽を建設します。この水はメッタチルドレンホームや隣接する幼稚園の子ども達の生活及び飲料水だけでなく、この地域に「夢だった農作物を作る」という周辺住民を含めたこの土地の将来の為に、今までにやった事が無い小規模実験農場を作り、この貧困地域に大きく貢献する場所を建設して行く事になります。この貯水槽建設工事は今年の秋までには完成する予定です。

2011年3月、未曽有の大災害と言われた東日本大震災がありました。私はその中で、宮城県の山元町という地域に同年6月から通っております。当時、私が通う地域はライフラインも寸断されたままで、水は大変貴重なものだった事が思い出されました。手を洗う時の水、雑巾を洗う水、泥を流す水、水がないことで出来なかった事もたくさんありました。徐々にボランティアの数も増え、活動が広まっていった頃、住民の方々が見るに見かねたのか、井戸掘を手伝ってくれることになりました。地元の方々に教わりながら、ボランティアも一緒になって井戸を掘り、水が出た時のみんなの笑顔は忘れられません。

あの大震災から3年が経ちました。まだまだ復興には遠い状況ですが、町の様子もずいぶん変わりました。瓦礫や骨組だけの建物は全てなくなり、新しい建物が建っているところも多くあります。町は少しずつ「きれい」になっています。震災の痕跡が少しずつ消えていっています。震災の事を「忘れたくない」と思う人、逆に「思い出したくない」人、それぞれの人の中で心の葛藤があると思います。南三陸の防災庁舎や石巻の大川小学校、あらゆる地域で壊すか残すかの議論は行われてきました。そんな中、外部の私達にできることは、ただ一つ「忘れない事」だと思っております。今、当たり前と思っている日常生活が、ある日突然なくなってしまう事、当たり前のように会っていた人と二度と会えなくなる事、大切な人や思い出がたくさん詰まった家を失い、悲しみの中、今も必死に歯を食いしばり生きている人がたくさんいる事。決して忘れないでください。

新潟アピの会は、今までに新潟から山元町を応援している皆様のお気持ちを届けて参りました。この度もジェットストリームさん・リランさんから寄付金をお預かりし、山元町で活動している「おてら災害ボランティアセンター」藤本センター長へお届けしました。震災から3年が経っても、変わらずに思いを寄せている人がいる事、とても有り難く心から感謝申し上げます。アピの会の活動はスリランカが中心となりますが、これからも山元町を忘れる事無く遠くから応援していきたいと考えています。私個人は、これからも山元町へ通いますので、また何かありましたらご報告させていただきます。皆様、どうもありがとうございました。

佐々木美恵
(新潟アピの会 会報 第16号より)

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スタディツアー報告

みなさん、こんにちは。新潟アピの会の学生スタッフの岩本と申します。私は3月15日から3月27日の13日間、倉田さんにスリランカに連れて行ってもらいました。今回のツアーの前半は通常のスタディツアーですが後半は私のためにアレンジしてくれたオプショナルコースでした。(私のような特別なツアーは「いつもアピの会に貢献してくれた恩返しだ。」と倉田さんは言っていました)つまり、私は今回のツアーで普通ではありえないような待遇を受けてしまったのです!!・・・もちろんそれは、倉田さんを始めとするアピの会のスタッフの方々の日頃からのスリランカ現地への貢献があったからです、そして何よりも出会ったすべての現地の方々による「アピの会を大切に、日本との交流を大切に・・・」という気持ちから来たものです。皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。

私は今回のツアーで特に2つのことに心を動かされました。1つ目はスリランカの人々の「思いやり」に感動したことです。私は英語もシンハラ語もほとんど分からない状態でした。しかし、バンテさん、ジャヤランタさん一家、訪問した孤児院やジュニアスクールの皆さん、そのほかにも多くの人たちが、私のたどたどしい英語を一生懸命に理解しようとしてくれました。

さらにこんなこともありました。マータラの孤児院の女の子たちと海辺で遊んだ時に、私が何気なく「その髪飾りはラッサナイ(シンハラ語で美しい)ね。」とある女の子に言いました。そうしたら、その女の子は私にその髪飾りをくれたのです。それもとてもさりげなく。このように、私が受けた「思いやり」は計り知れません。少しずつでも返していきたいと思っています。

2つ目に心を動かされたことは、資源の大切さです。ハンバントータで、沼から引いた水で作った小池を見学しました。以前は沼まで水を汲みに行っていたそうです。日本のように、きれいな水がすぐに飲めるのは本当にありがたいと思いました。そして滞在5日目に停電したことがありました。日常的に停電が起こるそうです。電気が使えるのは当たり前ではないことにも気付かされました。

これらのことから、限りある資源をどう使うか、どう使わないかについても考えさせられました。これらの2つのこと以外にも学んだことや経験したことは多くあります。そのどれもが日本にいるだけでは理解し得ないことでした。この素晴らしい機会をいただけて、私は本当に幸せです。今は日本に帰って、普段の生活を送っています。でも、スリランカでの13日間の思い出を自分の心にしっかりと留めておきつつ、アピの会の活動に参加したいと思っています。よろしくお願いします。

岩本紗綾
(新潟アピの会 会報 第16号より)

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新潟アピの会

スリランカ滞在報告書

2013年6・7月、スリランカの南部マータラにある児童保護施設Metta Youth Centerにお世話になっていました。今回、東南アジアからアフリカまで旅をしたのですが、スリランカはちょうどその中間点になります。その児童保護施設では身寄りのない子供や事情があって家族と一緒に暮らせない子供が約60人住んでいました。そこへ、新潟アピの会がボランティアとして、私を派遣してくれました。まず今回ご報告したいのは、そこでの暮らしがどんなものだったのか。そしてそこから見えた実状と、それに私が感じたこと。またスリランカ滞在中に感動したことをお伝えしたいと思います。

最初に、その児童保護施設(以後、施設とする)での生活をご紹介します。ここで生活しているのは、約60人の5〜20歳の女の子、2人のマザー、料理を作ってくれるお年寄り2人、管理人、事務の女の子1人と掃除婦さん1人でした。平日は子供達が朝6時頃に起きるので私もそこで一度目覚めます。子供達は朝のお祈りをして朝食を食べた後、学校へと向かいます。しかし一部の子供達は施設に残ったままでした。私はその施設に残った子供達と遊んだり、隣接している幼稚園でボランティアしたりして午前中を過ごしていました。この学校に行かない子供達の存在がとても不思議だったので、マザーに話を聞いてみると、彼女達の一部は日本で言う高校生たちで、授業が週四日ほどしかないので施設にずっといる日もあるそうです。また、一部の子供は高校に上がるテストに受からず、留年しているとの事です。そういった子供は大抵勉強が苦手でそもそも学校に通いたくないのだ、と言っていました。

午後二時頃、学校に行っていた子供達が帰って来たら、昼食を食べ、その後は洗濯物を洗ったり、順番にシャワーを浴びたりします。しかし60人も子供がいて、彼女達が洗濯物とシャワーで水を使えば、すぐにタンクに貯めてある水が無くなってしまい、しょっちゅう供給停止に陥っていました。テスト前の時期は3時から4時の間は勉強の時間で、皆食堂に集まって勉強していました。そうでない時は基本的に6時のお祈りの時間まで自由時間でした。夕飯は大体7時からでいつも数人の子供が当番制で食事の準備を手伝っていました。食事の後は自習時間で勉強したり、年下の子供は部屋で遊んだりしていました。

最初の一週間で感じたのは、子供達が何を求めているか分からない、ということでした。英語が理解出来る子供が1人しかおらず、他の子供とのコミュニケーションを取ろうと思っても、彼女達が何を言っているか全くわからなかったのです。そういった状況だったので、最初の一ヶ月は空き時間を見つけては、シンハラ語の勉強をしていました。シンハラ語教えて!と子供に声をかけると、皆集まってきて、それぞれ違う事を教えてくるので、1人2人捕まえてこっそり教えてもらったりしていました。あと夜はマザーに英語からシンハラ語に翻訳してもらったりしながら1ヶ月学んでいました、すると、2ヶ月目入った辺りから、子供達やマザーが何について話しているか何となく分かるようになってきました。ある日、マザーと英語で話していたら、スルっとシンハラ語が出てきて、マザーが大喜びしてしまい、その日一日中、皆に綾がシンハラ語を話始めたと拡散していました。それから日常会話はシンハラ語混じりで話すようになり、夜に中庭で月明かりの下でシンハラ語を使いながら、日本語を教えたりするようになりました。またその頃になると、子供達がそれぞれの事情をあたしに伝えてくるようになりました。その内容の多くが、自分の家族の事。もしくは子供同士の喧嘩の理由でした。彼女達は、母親が外国に出稼ぎに出ており、祖母がいない場合、父親と2人で住むことは出来ないので、こういった施設に預けられていたり、両親ともいるが収入が無くて育てられなかったり、虐待をされて保護されて来た子供達でした。そしてそういった子供たちは基本的に他人を信用出来ず、精神的にも未熟なので、しょっちゅう喧嘩をしてしまいます。なので、小さなことで喧嘩が起きる、泣く、助けて欲しいが甘える場所が無い、逃げる場所も無く、ストレス発散出来るような事も無い状況でした。家族に会いたいと泣いていた子供に、マザーは「ここには姉妹のような友達もたくさんいるじゃない」と言ったら、彼らは「自分の本当の家族では無く、しょうがなく一緒にいる人達だから」というような答えが返ってきました。2人のマザーは24時間体制で子供の面倒を見て、彼女達の事を可愛がっていましたが、どうしたって60人を2人で見るのは限界があるようでした。子供達もマザーの事は大好きですが、いつでも独り占め出来るわけではないのでやっぱり寂しがっていました。また、面倒見の良い年長者の女の子が下の子供のお姉ちゃん役をやっていましたが、そのまだ17、18歳のお姉ちゃんの話を聞いてあげて、将来を案じて助言をくれたりするような存在はいませんでした。時々教育委員会のような人たちが、子供達の話を聞きに来ていましたが、普段一緒にいない彼らに子供達が本音を話す事はとても難しいことのように感じました。そこで私がいる間は少しでもその子達の力になろうと思い、一緒に暮らしていました。しかしたった2ヶ月では彼女達の言っている事のほんの一部しか理解出来なかったですし、無力感に襲われることも多々ありました。


そんな中で子供達が一番喜んでいたのが写真。デジカメで写真を取ると、ほとんどの子供がその写真を頂戴とおねだりしてきました。彼女たちは個人の写真を欲しがり、皆で撮ろうとすると、写真に入ってくるな、としばしば喧嘩になることもありました。やはりそこでも「自分だけ」のものを欲しがっていたように感じました。その施設を支援しているお坊さんが、写真のプリントアウト機器を持っていたので、そこで写真をプリントアウトして子供達にあげていたのですが、途中でふと違和感があったので考えてみると、子供達が写真を受け取った後、Thank youを言わずに去って行っていました。そこに注意をしながら見ていると、感謝の言葉を子供達が使う事はあまりなく、シンガポールから来た客人に対しても、個々にお礼を言うということが全くと言っていいほど出来ていませんでした。家族が守ってくれない立場で、今後も他人の力を借りながら、生きていかなければ行けない子供達が、感謝の言葉を口に出さないのは問題だと思い、それをマザーに相談しました。マザーも同じように思っていたようで、その後は子供たちに感謝の言葉を伝えるように、と結構口酸っぱく言っていました。そのかいあってかしばらくすると、いろんな場面で子供たちのThanksが聞けるようになりました。この習慣が将来彼らの人生にプラスに働けば、と願います。
このようにいろんな問題が山積みの子供達ですが、笑顔がとっても可愛くって私のことをいつもお姉ちゃんと呼んでくれて仲良くしてくれて、とても良い子達でした。離れたって、私が彼らと過ごした時間は消えず、彼女達の記憶に少しでも残ればいいなと思います。この施設を出る時は二ヶ月間の日々が頭に流れてマータラから首都にたどり着くまでの間は涙が止まりませんでした。

さて、次はスリランカ滞在中に楽しかった出来事を三つ紹介しようと思います。
まずは一つ目、ペラヘラ祭について。これはスリランカ各地で行われるパレードのようなものです。日本で言うと、夏祭りのようなものでしょうか。私が見たペラヘラはティッサマハラガマという場所で行われたもので、国内でも三本の指に入るような規模のペラヘラでした。一番はキャンディで行われるものだそうです。屋台がたくさん並び、皆がそのパレードを見ようと場所取りをしていました。そのお祭りのためにシンガポールの仏教徒の支援団体が来ており、彼らがVIP扱いだったので、幸運なことに、私もそのVIP席でそのパレードを見ることが出来ました。パレードはまずファイヤーショーから始まり、鞭の芸、色とりどりの衣装を着て、様々なダンス、楽器の演奏、そして象による行進です。このペラヘラでは位の高い象の背中に、仏歯を乗せて行進するのが目的だそうです。仏歯を乗せた象の周りを囲むように高位僧達も行進していました。目の前で行われる圧倒的なパフォーマンス、力強い太鼓の音に、華麗なダンサー達、そして象の行進は、スリランカという国、文化がどれだけ素晴らしいものか表すには充分過ぎました。いつか必ずキャンディで行われる国内一のペラヘラを見に行きたいです。



次に感動したことの二つ目は、施設で停電が起きた時のことです。断水や停電などはしょっちゅうありましたが、この時は色々な出来事が重なり、忘れられない一晩となりました。何がそんなにも感動したかというと、明かりのない夜に、目の前一面にふわりと漂う蛍の光と、頭上に輝く星たちでした。その日は断水がいつもより長く、子供達とタンクの元栓を確認しに行ったら、そこで停電が起きました。目が慣れて、しばらくすると目の前の空き地にふわふわとたくさんの蛍が飛んでいたのです。日本で滅多に見られない蛍の大群に感動して、蛍が上空に飛んでいくのを追っていたら、たくさんの星が夜空に輝いていました。この日は快晴でしかも新月だったので星がとっても明るかったのです。蛍と星空のコラボは幻想的で忘れられない一晩になりました。



三つ目はマザーの実家にお泊りした時の経験です。バスを乗り継いで4時間、南部の田舎にたどり着くとバナナ畑が広がり、農業している地元の人達がいました。そこではマザーのお兄さんとその奥さんとその子供3人が出迎えてくれました。子供は私と同い年の男女の双子と、3つほど下の女の子でした。子供達が私を連れて近所を案内してくれたり、一緒にご飯の準備をしたりして過ごしていました。ココナッツの殻が捨ててあるところは貝塚のようになったり、近所で作っていたヨーグルトのような食べ物の制作過程を見たりと、見るもの全てが目新しいものばかりでした。夜は家族皆で集まっておしゃべりをしていたのですが、話の中でも驚いたのが、時期になると野生の象がその村にやってくるという話でした。とても危ないので、近くに目撃情報があった夜は一晩中火を炊いて、象が近寄って来ないようにするそうです。双子の話では野生の象はとても怖いとの事でした。

帰りはカタラガマというシンハラ、タミルの両民族が聖地としている場所に双子の女の子の案内で行ってきました。彼女はコロンボの大学に通っており、英語が上手で、自国の歴史や文化についてもとても詳しかったので、色々な事を教えてくれました。同じ大学生として、自分は日本の事を全然知らないのだな、と恥ずかしくなりました。大学まで教育を受けているのであれば世界共通語で会話が出来る、自国の事を説明出来る、というのは最低限の教養であるべきだと感じました。

国際的な場に出る人間になるというのはこの最低限の教養に、専門的な知識を持つ事が必要だと今回のスリランカで身をもって実感しました。ボランティアとして現地に入っていても、自分はこういった分野の知識があり、こういった事で手助け出来るという自覚が無ければ、結局現地に行っても何をしていいか分からず、無力感に襲われて、右も左も分からない場所で、現地の人のお世話になるしかありません。言い方を変えれば、彼らのお荷物です。ボランティアを必要としている場所でお荷物になるというのは、どれだけ有り得ないことか、言うまでもありません。しかし、このレベルに行くまで海外でボランティアをするな、という訳ではなく、未熟なりに現地で学び、吸収できることも多くあると思います。私が今回スリランカで得た経験は今後の将来に強い影響を与えるはずです。アピ会が提供してくださった場所は私のような人間でも受け入れてくれる場所であり、そこで相互に成長出来るような環境を作ろうとしていました。本当に倉田さん、並びにアピ会の方々、マータラの皆様には感謝しております。

最後に、異国で生活するということは、他を知り自己を知る、ということ。自分の存在意味や将来のビジョンが曖昧な若者たちにもっともっと外に出て欲しいです。そこで国際協力に携わりたいと思う人間が増えるのは素晴らしいことです。少しでも興味のある若者が異文化に触れて海外での生活を提供するような国際団体が今後もさらに活性化すること、そして自分も、そのような団体に積極的に協力していきたいと思います。


新潟県立大学三年 堀内綾

掲載:
にいがたNGOネットワーク
 

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新潟アピの会

「新潟アピの会」活動報告

 【にいがたNGOネットワーク会報2013年7月号に掲載します】
 
 2013年からは大学生の皆さんにスリランカ南部にあるメッタチルドレンセンターにボランティアとして入って欲しいと願ってました。メッタチルドレンセンターはマータラ市にあるGirlsHomeとハンバントータ市にあるBoysHomeがあり、スリランカ津波孤児や貧困ゆえに家に居られない子供達の世話や技術指導をしたり、貧困地域の村に入るボランティアがカナダ、デンマーク、韓国、シンガポール等からいろいろな立場の人達が来ています。

 昨年、久しぶりに内戦終了したスリランカに行って、何に感動したか?ボランティアとして入っている各国の人達の屈託のない明るい元気な笑顔と人を幸せに導くリーダシップ力の強さと熱意でした。そして「このままだと〜世界から日本人は外されてゆくかもしれない!」という恐怖感が瞬時、私を襲いました。内戦間もない東部、北東部、北西部地域の難民地帯は別として、スリランカの観光地はどこでも韓国、中国人のツアーばかり。内戦終了後スリランカは観光国として外貨を獲得しようと一生懸命。私達日本はというと・・・まだまだ先がよめません。こんな時代だからこそ海外に特にこれからの時代を向える開発途上国に日本の未来を作る人達が行くべきだ、と痛切に思いました。

 そこでJICAの本田さんに「度胸があって、英語が話せて海外に行きたいと思っている学生を知りませんか?」と尋ねた所「丁度、ピッタリの学生さんがいます。」という事で、5月29日〜7月末まで、新潟県立大学3年生の堀内綾さんが現在GirlsHomeに入ってボランティアをしています。最初、「やっぱり言葉の壁、習慣の違いにぶち当たっています。」とメールが来ましたが、「今はシンハラ語を学んでいます。」とMEETAgirlsのお姉さんとして地元の人達からも親しまれているようです。

 さて、当会には新潟県立中央高等学校の卒業生が何人かメンバーとして、カリーの袋詰め作業や販売にも手伝いに来てくれています。5月3、4、5日に開催された万代アースフェスタにもお手伝いとして、4、5日に国際情報大学生が来てくれました。9月7、8日Nネットが開催する「国際フェスティバル」にもスリランカ留学生メナカさん達と参加してくれる予定です。日本からの栄えある第1号の堀内綾さんに続いて、次はどなたがメッタチルドレンセンターに行ってくれるのかと・・・天を仰いで楽しみにしている今日この頃です。

                    会長 倉田洋子





情報掲載:
にいがたNGOネットワーク
にいがたNGOネットワーク活動報告ブログ

「新潟アピの会」は、にいがたNGOネットワークの会員団体です。

【会員募集中】
にいがたNGOネットワークの趣旨にご賛同いただける団体、個人ならどなたでもご入会いただきます。
○会員サービス
 ・各種イベント、研修会、講習会などの参加
 ・会報などの配布、各種情報・資料の提供
 ・ホームページの利用など
○年会費
  《 正会員 》 学生 1,000円  個人 5,000円  団体 8,000円
  《 賛助会員 》 10,000円(1口以上)
*年会費振込先 郵便振替(口座番号) 0570−8−100387
            加入者名  にいがたNGOネットワーク
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新潟アピの会

新潟アピの会スパイスカリーを「ほわぎ」で販売中

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おいしい社会貢献!カレーでスリランカの孤児たちにチャンスを!
   〜本格スリランカ スパイスカリー 全5種類〜
NPOなセレクトショップほわぎ
http://www.howagi.net/
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26年にも及んだスリランカの内戦は2009年に終結しました。
しかし長い戦渦で親を失った子どもたちは大勢います。
そうした子どもたちが暮らす孤児院を支援してきたNGO、
「新潟アピの会」から本格的なスパイスカリーが届きました。

現地で仕入れた原材料を、調理がしやすいよう小袋に分け、番号をふり、
レシピやスパイスの効能を書いた紙とセットにした商品。
フェアトレードに関心が高い方や、
食品添加物に敏感な方たちに人気があったものの、
これまで、新潟市内のごく一部でしか販売されておらず、
広く紹介する機会がほとんどなかった商品です。

暑くなると、より一層カレーが恋しくなりますよね!
油と塩分たっぷりの市販のカレールーとは一味違った、
ヘルシーでおいしいスパイスカレー、ぜひお試しください!
売上は「新潟アピの会」を通じて現地の孤児院に寄付され、
食費や教育費に充てられます。
日本では当たり前の権利が、まだまだ充分でない子どもたち。
その子たちが夢や希望を持てるように、
このカレーで少しだけ後押ししよう!

NPOなセレクトショップほわぎ
http://www.howagi.net/
『スリランカ スパイスカリー(全5種類)』
 ・チキン(辛口)  ¥550
 ・チキン(中辛)  ¥550
 ・キーマ(挽き肉) ¥500
 ・ポテト       ¥550
 ・ベジタブル    ¥450



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新潟アピの会

美味しいスパイスカリーが食べられます!

 新潟アピの会の会報第15号より活動報告です。

「美味しいスパイスカリーが食べられます!」

「アピの会のスリランカカリーを食べられるレストランは無いですか?」
と昨年からよく聞かれるようになりました。
実はそのスリランカカリーを特別に提供している素敵なカフェがあるのです!
どなたが行っても納得される価格とおもてなしです。
是非ぜひお勧めです!
今回はその素敵な「jet stream」さんをご紹介いたします。



皆様、こんにちは。新潟市東区の空港近くで、カフェを併設したオートバイと自転車の修理・販売をしております「jet stream」の村山昌二&みどりです。
夫婦二人三脚で、「人との絆を大切に自分たちの専門に限らず、楽しいこと、ちょっとでも世の中の為になる事をする」という気持ちをもちながら日々過ごしています。



アピの会さんを知ったのは、2、3年前。
私(妻)がアロマテラピーの先生宅にて販売していたカレースパイスと出会ったのがきっかけでした。何気なく手に取り、家で作ったその本格派カレーの美味しかったこと!それ以来、何度も先生にお願いして購入していたのですが、あまりにその頻度が多かったので先生が、アピの会さんから直接どうぞ・・とご紹介してくれたのでした。

世界の子供達や環境に恵まれない国々への「募金」という方法が多い世の中、お金だけを出し、労働力なくして支援だなんてカッコイイことは言えない・・・と普段から思っていましたが、こんな美味しいカレーを食べながら、スリランカの女性・子供たちの生活支援ができること・・・こうした自分たちの生活と密着した支援の方法もあるんだ・・・と改めて気づかされ、細く、長くでも支援し続けられるこのアピの会さんとのご縁を繋いでいきたいなと思い、店でのカレースパイス販売をさせていただくようになりました。
・・なんて、カッコつけた話をしましたが、やはりなんていってもこのカレースパイスで作るカレーが美味しいので、「お店でも扱わせてください!!」と飛びついたのでありました。
まずは、味を知ってもらわなければ・・と、私の気まぐれでたまに「カレーランチ」や試食を出してみたりするうちに、この美味しさにハマる方々も多く、イベントでカレー屋さんとして出店して欲しいとのご依頼もあったりで、ここ1 年は「カレーも美味しいバイク屋さん」としても(ごく一部のお客様にです
が)知られるようになりました。

いつでもお店で召し上がっていただけないのが残念なのですが、ご予約をいただければ作ります!アピの会さんのカレーパーティーで教えていただいたスリランカのにんじんサラダとターメリックライス、りんごのスパイスと紅茶コンポートもつけてあるひと皿で、スリランカを感じていただけたら嬉しいです。


スリランカも、そして震災も支援には継続がなによりも必要だと思います。自分の生活も維持しながら、その中のちょっとした時間やお金や手間を人のために使い、その場所や人を思うことも立派な支援活動だと自分たちにも言い聞かせながら、お店をやっています。
今後も、アピの会さんとのご縁を大切に、お客様へ、そして周りの多くの方々へ活動を広めて行けるよう頑張っていきます。

(*このカフェのコーヒーも紅茶もケーキも全てがお得で最高に美味しい!という事を付け加えさせていただきます。アピ会より)


アピの会「スリランカスパイス・カリー」の販売店ご紹介
・「jet stream」 事前に申し込むとカリーが食べられます。
Tel 025(273)8454
新潟市東区根室新町8− 2
ブログ「猫と暮らすバイク屋生活」
・「Rerun」 Fairtrade Ecology shop
Tel 025(226)6609
新潟市中央区西堀通3− 258− 1F
・「Reia 麗愛」 Natural&Fairtrade Items
Tel 025(247)1969
新潟市中央区紫竹山6− 3− 12
・「みずすまし」
Tel 0256(33)7793
三条市桜木町1− 26

皆様 よろしくお願いいたします。

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新潟アピの会

「スリランカ報告」松山雅子

新潟アピの会の会報第15号より、活動報告です。

「スリランカ報告」

スリランカ訪問記
2012年11月̶12月
2 年ぶりのNGO; PEaCE(Protecting Children and Environment Everywhere:国際NGO:ECPAT: End Child Prostitution and Trafficking of Children for Sexual Purposeのスリランカ支部)訪問、今回は倉田さん達と往復の飛行機及び一部日程を同行させて
もらったので、他国での緊急事態等に対する不安感がなく、私には大変有り難い旅であった。

スリランカではスマトラ沖地震・津波から8年、内戦終結から3年たち、以前のように生活苦や政情への不満を表立って言う人はなく、コロンボ市街は高層建築とショッピングモール等きれいな店が増えて都市化が加速していた。 前回以上に中国の勢いがすさまじく、コロンボ及び南部の港湾、地方空港、高速道路建設等の大型公共投資から、スポーツ施設やオペラハウス、町中のちょっとした専門店まで、目に見える開発・発展は殆ど中国が関わっているようであった。一般の人たちはどこか冷めた目でそれを見ているのだろう、中国はスリランカの偉大なお友達、でもキラーイと口々に言う。国内の雇用拡大につながらないからのようだ。PEaCE のメンバーも、その活動地域の人々も、このような目に見える進展とは無縁である。
スリランカは、一人当たりの国民総生産GDP が2,880US$、世界で123番目(183国中)であり、裕福な国ではないが、国民は教育及び健康管理を無料で受けられることになっている。しかし、教育も医療も行政から置き去りにされた地域があるのも事実である。そのようなコロンボ近郊ビーチ及
びスラム地域を中心に、PEaCE はこどもの虐待・ネグレクトからこどもを護り、貧困世帯の生活向上のために活動している。この問題は最近日本でもとりあげられているが、スリランカではより深刻である。国内各地で毎年約18 万人の不登校並びに中途退学児が報告され、児童保護局はこの状態が続けば、児童労働、児童の不法取引(性搾取)を含む児童虐待が増えるだろうと予測している。以前からスリランカは特に欧米から男の子の買春目的のセックスツーリズムがよく知られていたが、最近は更に国内の性暴力が増加し、毎年約2500̶3000人の16才以下の少女が妊娠している(家庭保健局)という。実際 昨年も4000̶6000件の種々の児童虐待事例が報告された(児童保護局・警察)。
私は、関西在住の旧友によるPEaCE 支援を手伝って今年で14年となる。今回の旅の目的は、2年前ちょうど世代交代の転換期にあったPEaCE のその後の状況を確認することにあった。2年経ってからの訪問は少し遅かったかもしれないが、今だから見えてきた事があるように思う。現地に行かなければ分からない最も気がかりだったプログラムはしっかり実施されていたので、先ずは安堵してい
るところである。

前回もこの会報に報告させてもらったように、PEaCE はコロンボ南・北地区やキャンデー等で公民館、学校、お寺や教会を借りて、こどもと若者には教育と技能研修プログラムを、更に地域住民全体には医療プログラムを実施しており、私たちはそれを全面的に支援している。彼らは学校や施設などいわゆる箱物を建てることを一切望まないので全てソフト面の支援である。プログラム内容はほとんど変わりなく、2年前の会報記載と重複するかもしれないが、訪問したプログラムについて記したい。
アフタースクール
5地域で各30人、月2回、1年コース。この13年間の子供数は約3000人。このプログラムをPEaCE が重視するのは、こどもの教育に関心を持たない・持てない低所得世帯のこどもの教育レベルを上げることにより、次世代に就職の可能性をひろげ、最貧困層を抜け出る道が開けて、同時に子供自身学習意欲をもち、PEaCE の最大課題である性虐待の根絶が期待できるからである。スリランカのこどもは全て5年生(10才)で最初の過酷な受験競争に直面する。受験者数は全国で約
39万人、そのうち76%以上の正解ができた約3 万人がその後の教育のための奨学金を獲得して、よりよい学校での中等教育が約束される(進学試験ではない)。プログラム実施地域の学校では、教師の質、教材・施設など十分な教育は望めず、奨学金獲得は至難であるが、プログラムにより、こどもが勉強に興味を持ち、成果が出始め、親の教育への関心も変わってきたようだ。教室では受験教科だけでなく、価値観教育として、環境、保健衛生、美術等も教えている。
或るクラスで、こどもたちに好きな勉強・嫌いな勉強、将来の夢、家族のこと、親の仕事など、いろいろ質問してみると、はにかみながらもしっかり答えてくれた。日雇いで働く親が多く、家庭環境が垣間見える。 また別の教室をアピの会との交流会にしたいと予め申し入れていたので、コララウエラのク
ラスは喜んで待っていてくれた。他学区からもこのプログラムに来ているとのことだが、ここの学校はキリスト教系のせいか子供達は簡単な自己紹介なら英語でできる子が多い。学力レベルは決して高くはないというが、こどもたちは積極的に将来への夢を話してくれた。
倉田さん発案の折り紙教室は大成功、器用な子は始めての鶴もさっさと折りあげた。日本人は折り鶴に祈りをこめるという話にも興味をもったようだ。ホテルでせっせと作った紙鉄砲、飛行機なども即席の玩具になった。
また紙風船のゲームも大騒ぎ、日頃とちがうクラスにすっかり解放されたのであろう、お土産の手製縫いぐるみや鉛筆を手に、帰途こどもらは車から離れようとせず別れを惜しんでくれた。いきいきしたこどもたちを見て、PEaCE のスタッフも双方向的教育の効果を実感したようだった。
 
職業研修
これまで13年間に料理・美容クラス等含めて受益者数は約950人。現在は公立又は認可職業研修所で学ぶ20人を支援。PEaCE は、若者が経済的に自立して、家庭の貧困を抜け出るためには、就職のための技能研修を最も重視している。IT、経理、電気、マシンオペレーター、金型製作、自動車整備、グラフィックデザイン、介護等、生徒は就職できそうな分野を選んで、自立を目指していることが直接の面談から実感できた。 また研修所や実習先もいくつか訪問した。介護専攻の生徒が実習中の老人ホームでは、20人ほどの女性高齢者がスリランカ風の大部屋にベッド一つのスペースを割り当てられ、なかには20年もここのベッドで暮らしている人もいた。実習生は一人一人の手を握り丁寧に話しかけて、介護の仕事にも慣れた様子、入居者にとって若い実習生との時間は何よりの癒
しとなるのだろう。ほっとする光景であった。
外国人の訪問も一時の退屈凌ぎになっただろうか。

医療
医療クリニック(内科医による、月1−2回、それぞれ5 ヶ所)と医療キャンプ(一般外来と歯科、年2 回)を実施。受診者数は1年にのべ約3,800人。2002年に医療プログラムをスタートしてからの受診者は累計約3 万人を超えた。教会やお寺や公民館を借りて実施する大掛かりな医療キャンプは、子供だけでなく家族も診察・治療をしてくれる場所として、周辺地域の住民に喜ばれている。
貧困地域ほど栄養、衛生設備(トイレ)、環境(ゴミ、排水等)条件が悪く、感染症にも生活習慣病にも罹患しやすい現実がある。津波後には行政からもこのキャンプ開催を求められた。 現在も被災者の多い地域を中心に定期的なクリニックを行い、医療プログラムは地域に定着したと思う。医療は住民全体の関心が非常に高いので、PEaCE は、他地域でも先ず医療からとりくみ、本来の子供を護
る活動への理解と進歩をはかりたいと考えている。病気のプライマリーケアはクリニック、こどもの学習ケアはアフタースクール、若者には少数ながら技能研修をと、これらの活動は、自治体支援の及ばない地域の草の根住民の強い味方になったと言えよう。
今回の医療キャンプは最貧困地域アングラナの教会で実施、前日からボランティアの人々が会場設営をして準備万端整っていた。
コーディネーターをはじめ、内科医2人、歯科医2人、薬剤師2人、歯科助手2人、現地ボランティア達が 約200名の患者の治療、検査、投薬などにあたるのも、毎回同じキャンプ風景である(2010年アピの会会報)。今回も特に重病はなく、上気道疾患、皮膚疾患、視力障害、齲歯、歯周病等が多かった。地域の住民はよほどでなければ、時間もお金(交通費、薬代)もかかる病院には行かないので、病気が進行してしまうことが多い。
このキャンプは病気の早期発見にも役立っている。母親の衛生意識も著しく向上したという。倉田さん達もキャンプに来てくださり、スタッフや医師と懇談した。

歯科診療

かわるがわる休憩をとる

キャンプの翌日はカルダムラのクリニック訪問。津波復興住宅が2年前より増設されて、人口も増えたのか、こどもも多く平和な風景である。一見快適なアパート暮らしに見えが、職に就けず生活は厳しいらしい。公設住宅の廻りには以前と同じ小さい家、水路沿いには粗末な住まいがむしろ増えていた。PEaCE に深く関わるJayatissa 医師が、糖尿病のような生活習慣病は、スリランカではむしろ貧困世帯に増えていることを指摘し、成人病ハイリスク者を早い時期に見つけて早期予防ができるように、この地域に月に2回のモデルクリニックを始めた。数年後に事態がよくなるか、地域保健の向上が見られるかをこの1ヶ所だけでもまとめられるようにとの思いからであった。 Jayatissa 医師はいつものように、懇切丁寧に全患者を診察、時々私を呼んで病状を説明してくれた。このクリニックでは血糖検査もその場で行う。今回は、医師の助言で、前回の受診記録(血糖、血圧など)を個人が保存し、毎回持参するようになっており、ノートに貼り付けている患者もいた。またこれまではこどもの水薬を家から持参したビンにいれ、軟膏はポリシートにしぼりだしていたが、市販のポリ容器に入れて投薬するようになっていた。こんな事でも大きな進歩といえる。
以上8日間、PEaCE とはこれまで以上に濃密な時間をすごした中で、思いがけない事もありいい事ばかりではなかった。 しかし何事も説明しつくそうとしてくれたことで信頼感が増したと思う。PEaCE は組織変換後2年たった今も、転換期にありがちな人事とお金の問題をひきずっており、今年度は非常に重要な時となった。我々も高齢化と病気をさておいて、今しばらくスリランカの底辺のこどもたちのためにも支援を継続できればと願っている。

2013年3月 松山 雅子
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新潟アピの会

初めてのスリランカ

 新潟アピの会の会報第15号から、活動報告です。

「初めてのスリランカ」

「スリランカ民主社会主義共和国」
通称“スリランカ”
私は今回、長い間スリランカの復興に携わってこられた倉田さんの“2年ぶり”の渡航に“アピの会”スタッフとして同行させていただきました
「初海外」がスリランカ!
甘かった!!
大変でした!!!

もう・・何が大変って、根本的に「“考え”が甘かった!!!!」
先ず「海外で生活することに対する考え方」
本で読もうが、インターネットで調べようが、やはり“その場”に立たなければ分からない..
 
空港に降り立った時のまとわりつく空気感と匂い..事故が起きないのが不思議なくらいの交通状況..
信号はどこにあるの?
車が何台も道幅いっぱいに走ってますけど、本当は何車線なの?

家の中でもそう..
どこまで蛇口をひねれば透明な水が出てくるの?
給湯器があるのに何でお湯が出ないの?
何でシャワーがそんなに高い所にあるの?
等々、数え上げればきりがない!
私の当り前は、スリランカにはありませんでした。
「ボランティアに対する考え方」にしてもそう..
ボランティア活動なんて高校の課外活動以来!「与えられた課題を、単位の為に、安全な場所で、決められた事を手伝う」そんなものとは大違い!!

センターを手伝っている“デイニッシュのカミラ”と“シンガポーリアンのフーシャン”、共に言っていたことは「子供たちが幸せならそれでいい、他に望むことは無い。」と..
二人とも、穏やかに“笑顔で”話してくれた..
比べることではないけれど..私はそんなこと出来ないし言えない..

「異国の地で、誰に頼まれたのでもなく、何も求めず、子供たちのために」
二人の姿にボランティアの本質「自発(自主)、無償(無給)、利他(社会、公共、公益)」を甘く見ていたことを痛感させられました。

今回“アピの会”として訪れたのは、未だ戦火の後を残す北東部ではなく、文化遺産の残る中南西部。 倉田さんと親交のある仏僧・ラッタナシリ大僧正が設立された[メッタソーシャルファンデーション]の“マータラ”と“ハンバントータ”のチャイルドセンターの子供たちに「日本の文化に触れる機会を作ってほしい」との話でした
スリランカは2004年12月のスマトラ島沖地震による大津波で死亡と行方不明者計4万5千人を出した。 チャイルドセンターの寄宿舎に住まう子供たちは、その津波で肉親を失った子供たちなのだと..


旅の始まりに私は倉田さんに言われました。
大僧正は「このチャイルドセンターの子供が“パスポート”を持つことは無いだろう。一生スリランカ、それもこの農村部から出ることは無いだろう」と、倉田さんは「だから私たちが行かなくちゃいけないのよ!」と..



この旅で出会ったチャイルドセンターの子供たちは、みな素直ないい子ばかりでした。
“マータラ”のチャイルドセンターに行ったとき..「初めて見る日本人」に戸惑っている様子がわかりました..

でも“戸惑い”は“好奇心”に勝てなかったようです..すぐに明るい笑顔を見せてくれました。
大きな瞳をキラキラさせて私たちに一生懸命話しかけてくる「日本はどんなところ?」「日本語を教えて!」「日本の歌を歌って!」そして最後にこう言います「ねえねえ、私の話を聞いて!」と..
子供たちは無邪気に抱きついてきます..
一度手を握るとなかなか離してはくれません..
一人の子が私の“両手”を取って話してきます..すぐに別の子が私の“腕”に手を絡ませてきます..
もう一方の“腕”にも別の子が..
また別の子が“背中”にくっ付いてきます..
また別の子が“両手”を取っていた子の片手を払って 私の“片手”を両手で握ってきます..
そんなこんなで「鈴生り状態」..私だけじゃなく倉田さんも八子さんも同じです..
いつも周りにいる大人たちとは違う存在の私たち..甘えたい年頃の子供たち..
数年前までは、当たり前のように“家族”と暮らしていたであろう子供たち..

今、その悲しみの深さを、その苦しみの大きさを推し量ることはできない..懸命に生きている姿に胸が熱くなりました..
自分の手で、目で、耳で直に触れ、感じることの大切さを改めて思い知らされた、考えさせられる旅でした

今回このような機会を与えてくださった倉田さんに感謝するとともに、拙い私を助けて下さった松山さん・八子さん、お世話になったラッタナシリ大僧正をはじめ、ジャヤランタファミリー、チャイルドセンターのデイニッシュのカミラ、シンガポーリアンのフーシャン、シンガポールからの個人ボランティアの皆さん、ラリータ夫妻、他多くの皆様に深く感謝いたします。
ありがとうございました。

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新潟アピの会

復興の桜プロジェクト〜スリランカへ

 新潟アピの会 会報 第15号より、活動報告です。

”興の桜プロジェクト〜スリランカへ

みなさん、こんにちは。 新潟アピの会の佐々木と申します。 昨年も新潟アピの会はた
くさんの方に支えられ、様々な活動をして参りました。その中で、私は昨年に引き続き、東日
本大震災の被災地である宮城県亘理郡山元町での活動をご報告させていただきます。
まずは、「桜プロジェクト」です。

津波で多くを失った地域を桜色に染めようと始まったこの企画ですが、本当に多くの方に
ご協力頂きました。 昨年夏の田中光栄さんのチャリティライブに御来場くださった皆様、募
金箱を設置してくださった協力店舗の皆様、各地で募金をしてくださった皆様、本当にありが
とうございました。 皆様の思いがこもった義援金を昨年10月、新潟アピの会の倉田代表、
佐藤さんと共に山元町へ届けて参りました。



私たちが訪れたのは、宮城県亘理郡山元町沿岸部「普門寺」に拠点をかまえる「おてら災害
ボランティアセンター テラセン」です。
震災直後からおよそ半年間、普門寺がある地域は立入禁止区域に指定され、一般のボランティ
アが入ることはありませんでした。 私自身、初めてその地域に入ったのは震災から3 ヶ月
経った2011年6月。立入禁止が解除される前の事です。
新潟から山形、仙台、名取を経由し山元町へ向かいました。国道を超えるとそれまで通って
きた道とは比べ物にならない情景が広がっていたのを今でも忘れる事ができません。津波の
残骸があちらこちらに散らばり、残された家々は津波がやってきた直後の様子をそのまま物
語っていて、まるで世間に見放されたゴーストタウンのようでした。
そんな中、「この地域を見捨てる事は出来ない!」と立ち上がったのが「テラセン」なので
す。発足当初、疑心暗鬼だった住民の皆さんですが、全国から集まる志高いボランティアの様
子に次第に心を開き、「テラセン」は文字通り「駆け込み寺」となりました。
震災から一周忌の2012年3月11日、テラセンが拠点としている普門寺には多くの人
が集まりました。そんな中、私は住職さんに新潟翠江高校の生徒さんが集めてくれた義援金
を手渡しました。「このお金、何に使いましょうか?」との問いかけに・・・
「ひとつ夢があるんですけど…この地域を桜色に染めたいのです。」と住職さん。その場に
いた全員が賛同しました。今思えば、それが「桜プロジェクト」の始まりだったのです。
 
翌月、普門寺の檀家さん達の手によって桜が植えられました。その時、ある檀家さんが「実
は、ここ(普門寺)に来る途中、桜が咲いているのを見て、家内と話してたんだよ。せめて
お寺に桜でもあればね、てさ」と仰っていたそうです。
全てを失ってしまった地域に希望の色を灯すとすれば、いくつもの季節を超え、あるとき
綺麗な花を咲かせる桜なのかもしれません。何年かかるか分からない復興への道のり、でも
いつか桜が咲いた時、その桜たちは被災地で戦っている方々と困難を共にした同士となり、希
望を与えてくれるに違いありません。



話は戻りますが、10月に山元町を訪れた倉田代表が、そんな被災地の状況を目の当たりにし、素晴らしいジャーナリストとミュージシャンを送ってくれました。新潟を中心に司会、ラジオにと活躍されている小野沢裕子さんとハーモニカサンタの田中光栄さんです。


小野沢さんはご自身のラジオ番組や講演など、たくさんの場で山元町の現状を伝えてくださりながら、実際に山元町へ足を運び、仮設住宅での「うたごえ喫茶」を開催されました。普段あまり外に出る事がない仮設住宅のおばあちゃんの楽しそうな笑顔と歌声は今も心に残っています。

一方、田中さんは三周忌にあたる今年の3月11日、普門寺での演奏を快く引き受けてくださいました。

今まで何度も被災地を訪れている田中さんですが「3月11日に追悼の演奏をするという事は特別」と。被災地である山元町がみんなに忘れられないように、そしてもう二度と世間から見捨てられる事がないように…。普門寺での法要の後、駅舎が取り壊されてしまった山下駅で住民のみなさんが主体の竹灯篭の点火式が行われ、そこでも一曲。「見上げてごらん夜の星を」が流れる中、涙を流されていた方も少なくありません。
2年前のこの日、同じように寒空の下で人知れず天国へ旅立たれた方々のご冥福をお祈りして参りました。



さて、現在テラセンでは地元住民団体「震災復興土曜の会」と共に「緑の再生プロジェクト」にも力を入れています。私達ボランティアの殆どがかつての緑豊かな山元町の原風景を知りません。何もなくなってしまった山元町しか知りません。しかし、いつか山元町に緑が溢れ、春には桜が咲き乱れる風景が戻った時、それは山元町に住む人だけではなく、関わった全ての人に希望を与えてくれる。私は、一人でも多くの人にその風景をみてもらいたいと思っています。その風景とは、被災地で暮らす方々と遠くから山元町を応援している私達の思いがつまった風景だからです。
実は、冒頭の田中光栄さんのチャリティライブの後、実際に山元町へ足を運んで桜を見に行って来たという報告を何件かいただきました。
その度に私はとても嬉しくなるんです。
被災地を忘れない事! それが住民の皆さんの私たちへの願いだと感じているから。

現在、新潟アピの会が継続的に支援しているスリランカ国南部「メッタ・ハンバントータ孤児院」日本で津波被害を受けた山元町「テラセン」どちらもまだまだ助けを必要としています。
私達はこれからも二つの地域の情報を発信し「今できること」を形にしていきたいと思っております。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

佐々木美恵

情報掲載:
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新潟アピの会

新潟アピの会の活動報告

 新潟アピの会の倉田洋子さんより、にいがたNGOネットワーク(Nネット)会報2013年1月号に活動報告をお寄せいただきました。後日写真も紹介します。

「昨年11月25日〜12日間、2年ぶりに行ってきました!内戦終了してからのスリランカの目覚ましい変化!来年度には国際飛行場まで通じるハイウェイが完成し、今までになかった中国産携帯電話のPRがコロンボでは此処かしこに宣伝され、インド産TATA車が一気に増えて、電化製品は韓国産が大人気。日本製中古車は相変わらず、コロンボ市内を走っているけど、その数は依然に比べてかなり少ない。私達アピの会が支援しているスリランカ南部マータラと塩田で有名なハンバントータに行く道のなんと綺麗に整備されていることか・・・。この資金は中国から〜?とその投資力には唖然とさせられる程の変わりようである。

 2011年3・11以来、今は海外より東日本に目を向けなければ!と思っていたが・・・。今年から東日本に目を向けるのは当たり前の事として、今だからこそ、スリランカに学生ボランティアを送るべきだと痛感した。何故なら〜。そこは低迷した日本とは、まるで違うシンガポールからの屈託のない明るい笑い声とカナダ、デンマークから来ている個人ボランティアの人々の素晴らしい貢献の姿に久しぶりに出会ったからだ。やっぱり、世界に若い人達を派遣させなければ・・・と。新潟市立白新中学校贈呈のタンクが縁で当会が食糧・教育費を補助しているメッタチャイルドレンセンターハンバントータには、シンガポールチャイニーズのフーシュンが一人で、水不足の土地を耕して、6cmばかりの痩せた大根ができた!と喜んでいた。水の無い地域で一生懸命に実のなる作物を作っている。「フーシュン?もし神様が貴方になんでも与えるとしたら貴方は何が欲しい?」と質問した。「僕は何も要らない。この土地でこの孤児の彼らと共に実のなる作物を完成できたら!。彼らが居たら、僕には何も必要じゃないんだ。この男の子達も18歳になったら、村に返されるけど身寄りの無い彼らに職はないから、せめて此処で完成した作物の作り方を覚えて、収入にできる道を彼らと作りたいんだ。その為の人生で、僕は十分なんだ。」と。私は感動して泣いてしまった。

 このハンバントータのセンターはとても汚い。しかし3年前に初めて来た時、台所には作物が無かった。勿論タンクも無かった。今は飲料水用に濾過する小型装置で沼から吸い上げた水をタンクから濾過して、食事を作る事が出来るようになった。このひび割れた大地の至る所に実験用の農作物が作られている。「ホントに、もっと大きな大きなタンクがあったら!フーシュンとこの子達とそして私達の願いは叶うのかもしれない!」「農作物なんて決して作れるなんて思わなかったこの土地に!」その想いは先々月、津波被災地域である宮城県亘理郡山元町に行った時「なんでも育ってくれるといいんですよ!。だから、なんでも植えて実験しているんです。桜も育つかどうか?この地域はまだ塩水が残っているので、育ってくれる木の種類が分かれば!、何回でもやり続けますよ!」必死で生きぬいている!津波地域の人もこの水の無いハンバントータも!私はこういう尊敬すべき人達からいつも感動を頂いている。そしてこの感動を人に繋ぐ事が私の次の仕事だと今回、改めて自覚した。
そして、今回同行してくれた八子さんが「日本の事を知ってもらうには味噌スープを飲んでもらいましょう。」と味噌汁をマータラの子供たちに作った。生憎この味噌汁はスリランカの子供たちには好まれなかったが、包丁やピューラ、ボールのあまりの切れなさに「私がしゃしゃり出るのは嫌だけど、プレゼントしても良い?」と言われ、コロンボ市内の大きなスーパー店を探して、マータラの調理担当者に手渡した。私はとても嬉しかった。

 私達は誰一人として、この世で一人で生きては行けない。みんな、誰かの支えがあって、協力しあって生きている。カリーを作製する人も販売もみな、協力店があり、購入してくれる人も、全て理解して顧客になって戴いている。いつも私達は生かされていると思っている。このメッタソーシャルサービスファンデーションの設立者が大僧正だからだろうか?ここに来るボランティアは皆、明るく人に役立つ事が最高の幸せ(サドゥ、サドゥ)だと言う。当会スタッフのスリランカ人も「自分の事より人の事を優先する」と言う。私達日本人も以前はそうだった様に思える。何時からだろうか?人より自分の事を考えてしまうようになったのは?ここには平和と優しさと愛が一杯あった。2年ぶりに来て、自分の原点に改めて出会ったようだ。」

新潟アピの会 倉田洋子

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7.22 「田中光栄 ハーモニカは平和の音色」ハーモニカサンタ in スリランカ報告〜復興の桜チャリティライブへ

新潟アピの会主催、「田中光栄 ハーモニカは平和の音色 ハーモニカサンタ in スリランカ報告〜復興の桜チャリティライブ」が、クロスパルにいがた4階映像ホールで開催されました。



第一部は

星に願いを
Amazing Grace
Ekikiri 君はカーニバル(オリジナル曲)
Danno Budunge(スリランカ曲)
Olu Pipila(スリランカ曲)
Surangani(スリランカ曲)
きらきら星〜What A Wonderful World
を、沢村繁さんのピアノで、スリランカでのハーモニカサンタの活動映像を背景に演奏しました。

第二部「宮城県亘理郡(わたりぐん)へ 思いを込めて復興の桜」は、新潟万代太鼓 神龍会「東雲(しののめ)」の演奏からスタート。



司会は小野沢裕子さん。


田中光栄さんのハーモニカ演奏は

春の小川〜夏の思い出
Bluesette
G線上のアリア
あおぞら(オリジナル曲)
ふるさと

そして会場のリクエストにこたえて、イマジンでした。


休憩時間や、終了後に、田中光栄さんのCDやTシャツ、スリランカのカリースパイスや紅茶を買い求める人たち。


メタマルセヴァナ孤児院の食費、教育費と、山元町の苗木購入資金となります。


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大好評のスリランカ スパイスカリー

【新潟アピの会】の活動報告です。会報vol.8(2012年7月発行)号にも掲載します。
 
「大好評のスリランカ スパイスカリー」
2009年10月、私の元にスリランカ南部を管轄しているラッタナシリ大僧正から突然
国際電話が入りました。「今、倉田達が貯水タンクをサポートした孤児院が閉鎖さされようとしている!なんとか力を貸してくれ!」「えっ!。そんな事突然言われたって〜?」と私。

 20年以上続いていたスリランカの内戦も終結し、私達アピの会が力を入れていた反政府タミール人2地域にも地雷が埋められたりして、、政府が入ることを許可しないので、「内戦終了後のアトカタズケを待って、国が落ち着くまで南部の貧困地域に貯水タンクを送る活動にしましょう。」とスタッフと決めたばかりでした。「孤児院の生活費が欲しい〜孤児の行く場所がない?」今までの活動で、もぅ〜私の貯金もない。あぴの会の通帳も入ってきたお金は全て、経費、井戸代で消えて・・・どうしよう?「後お金になるのはカリーのセット販売?」直ぐに新潟市IPC財団に相談に行き「店舗でも売れるカリーを作りたいのですが?」と相談。スパイスの袋、レシピから外ガスバリアの袋まで、フード専門家のアドバイスを頂きながら、やっと昨年の秋に完成しました。お蔭様で、ただ今は新潟市内
5店舗に置いて下さり、飲食店ではランチタイムにそのお店の特徴を生かした味にして、PR&全面協力をしてくださっています。その売上金をスリランカ メタマルセヴァナ孤児院の生活、教育費とさせて頂いています。

そんな訳で、雑談をしていた事務所の1部屋はカリー袋詰め作業場となり、毎日誰かが夕方までカリーの袋詰め作業に一生懸命です。最近では知的障害の方も「私にでも貢献させて頂けるのですね。ありがとうございます」と作業場に入る前に感謝の言葉、作業の後にも「明日も宜しくお願いします」と爽やかな笑顔で帰って行かれます。

「必死になって、ナントかやれば、やっぱり!誰かが見てくれている!一人じゃナンにも出来ないけれど、皆が支えてくれるから、一人じゃない。」この思いやりの輪がゆっくり、ゆっくり広がってゆきます様に〜。大切に見守りたいと思っています。



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復興の桜 枯れ地に花を咲かせましょう!

宮城県亘理郡山元町「普門寺」。

今では住民のみなさんの駆け込み寺となっています。

「地域の皆さんのお手伝いをお願いします。」という板野住職の言葉がきっかけとなり、
普門寺を拠点とする「おてら災害ボランティアセンター(通称:テラセン)」が発足したのです。
普門寺がある地域は役場に見放され、一般のボランティアは入ることができなかったため、
板野住職はたった一人で震災直後からがれきと奮闘していました。

津波で何もかもなくなってしまった地域をさくら色に染めたい・・・

それは、住職の強い思いであり、住民のみなさんの希望です。私達は願っています。

桜の苗木を購入する為の「復興の桜募金」へのご協力をお願いします。

募金受付店舗
香り工房MOON DROPS、hana*kiku、Rerun、海辺のカフェ ネフ、jetstream

桜の苗木をご寄附いただける方からのご連絡も併せてお待ちしております。

「花咲かじいさん」がシロを想う優しい気持ちで枯れ木に花を咲かせたように、
皆様の暖かい気持ちで、被災地にたくさんの花を咲かせて下さい。

お問い合わせ

新潟アピの会
電話025−225−0072

(社団法人)新潟市ユネスコ協会
電話025−385−2001



情報掲載:
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7.22 田中光栄ハーモニカサンタ チャリティライブ

ハーモニカサンタ in スリランカ報告〜復興の桜チャリティライブが開催されます。

日時: 2012年7月22日(日) 午後1時開場 午後1時30分開演
会場: クロスパルにいがた4階映像ホール(新潟市中央区礎町通3ノ町2086)
チケット: 大人1500円 高・大学生1000円 小・中学生以下は無料
出演:
 ハーモニカ 田中光栄
 ピアノ 沢村繁
 太鼓 新潟万代太鼓神龍会 東雲(しののめ)
 司会 小野沢裕子

チケットのお求め・お問い合わせ
新潟アピの会
090−1931−4472(倉田)
K.yoko☆cronos.ocn.ne.jp(☆を@に変えて)

チケットをお買い求めいただける「協力店」
フェアトレードショップ ナルニア
香り工房 MOON DROPS
フェアトレードショップ Rerun
海辺のカフェ ネフ
Jetstream
アロマとハーブの店 hana*kiku

主催: 新潟アピの会
後援: (財)新潟県国際交流協会、(公財)新潟市国際交流協会、新潟県青年海外協力協会、NPO法人にいがたNGOネットワーク



情報掲載:
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新潟アピの会

復興の桜プロジェクト

【新潟アピの会】会報より、復興の桜プロジェクトを紹介します。
 
みなさんこんにちは。昨年から東日本大震災の復興ボランティアに力を注いでおります佐々木美恵です。私が入っている地域は宮城県亘理郡山元町。614名の方が命を落とし、今なお18名の方が行方不明のままの地域です。その中でも海側地域は昨年9月まで立入制限区域に指定されていました。常磐線の線路を挟んで山側と海側、ほんの数メートルしか離れていないのに海側地域にある家には、いくらボランティアセンターへお願いしてもボランティアは入ってきませんでした。


そんな中「ボランティアの手が届かない地域にボランティアを!」と名取市のNPOドリームゲート理事である藤本氏が「おてら災害ボランティアセンター テラセン」を立ち上げ「今後取り壊すかもしれないご自宅でも大切な思い出がつまっています。家の中の物を出すだけでもやりましょう!」と活動を開始しました。「ボランティアが来てくれるなんて・・・」と涙を流されたおばあちゃんもいらっしゃいました。


高齢者の方が多く住む地域なので津波で流された家の家財道具を出すなんてとてもできませんでした。隣の山側の家々がどんどん片付いていく様子を目の当たりにしながら、疎外感の中で、諦めていた皆さんも多くいらっしゃった
様です。では、なんで「おてら」なのでしょうか?実はテラセンの拠点は「普門寺」というお寺です。震災直後からたった一人でがれきと奮闘していた坂野住職。たまたま通りかかった藤本氏がその姿を見てお手伝いをかってでて、地域の心の拠り所である「おてら」を復興させるために、二人の戦いはおよそ2ヶ月続きました。ところが、いつからか二人の思いは「おてらだけでなく、この地域のみなさんのために」。そこから始まったセンターだから「おてら災害ボランティアセンター テラセン」なのです。一人より二人、二人より三人・・・人が増えるとその力はどんどん大きくなります。住職さんが一人で始め、藤本氏と二人になり、その後ほんの数名の有志からはじまったテラセンですが、今では全国からたくさんの資材が届き、たくさんのボランティアがおてらに集まって地域の皆さんに寄り添った活動をしています。
ところで、昨年11月、私は新潟翆江高校「世界の文化」の授業で倉田代表のスリランカカレー講習会の講師助手として参加させていただきました。
後日、担当の先生よりスパイス代としていくらかアピの会に寄付をしたいと倉田代表に申し出があり、「そのお金を東日本大震災で被災された方々の為に使えないか?」と倉田代表より私に連絡が来ました。「困っている人を助ける」というアピの会の信念に基づいた提案でした。もちろん!私は学校へお金の使い道について連絡を入れました。


ところが、先生は「あまりに少額すぎて申し訳ない」と。それからなんと!!生徒会に働きかけ、文化祭で集めたお金を寄付してくださるとの事。それだけでなく、翆江高校の皆さんから山元町の皆さんへの心温まるメッセーボードや3・11の一周忌法要で飾るお花も頂きました。住職さんが大変喜んでくださったのは言うまでもありません。


その翆江高校の皆さんの想いがつまったお金は形が残るものにしたいと話し合った結果、おてらに桜を植えることになりました。「復興の桜」です。住職さんはおっしゃいました。「桜が咲いたら生徒さん達に是非見に来て欲しい」と。何よりも「人が集まるお寺」を大切にしている住職さんはおてらを残す決断をされています。山元町に普門寺がある限り桜は咲き続けます。そして、もっともっと桜を植えたいとおっしゃいます。普門寺の周り、隣のお寺、近くの神社。津波で全て流された地域には色がありません。私達に地域を元通りにする力はありませんが、せめて地域のみなさんの元気が出るような桜色を塗ることができたなら!それが「復興の桜プロジェクト」です。



そして、その想いをアピの会でも引き継ぎ、継続して桜資金を作りましょう!桜募金を作りましょう!と応援してくれる事になりました。アピの会の基本方針は「貴方の想いが世界を変える」です。翆江高校の皆さんの心優しいキッカケからアピの会へ・・・
この思いやりの輪が広がって、山元町が桜色で輝いて行く事を心より願っています。
               佐々木美恵

情報掲載:
にいがたNGOネットワーク
にいがたNGOネットワーク活動報告ブログ
ツイッター@niigatango
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新潟アピの会

大好評カリーキッド!

【新潟アピの会】 会報第14号からのお知らせです。

大好評カリーキッド!

 

昨年から「何処で売っていますか?イベントで試食して大変美味しいので、購入したいのですが!」
「癖になります!インターネット販売していますか?」とか、一杯メールや問い合わせがありました!
そこで、とうとうアピの会ではこの趣旨に賛同してくださるお店にチキン(中辛&辛口)、キーマ(中辛)、ポテト、ベジタブルの4種類5アイテムを新潟県内のみ新発田市、南魚沼市、新潟市内3店舗にて販売していただいております。 その中で昨年、初めてアピの会の「スリランカ・スパイス・カリー」を販売してくださっている[Rerun]さんをご紹介いたします。
 

こんにちは。Rerunの小川朝子と申します。
新潟市の西堀でフェアトレードとエコロジーのお店をやっています。
アピの会を知ったのは、去年ぴあ万代で行われたナチュラルライフフェスティバルがきっかけでした。
 
元気な高校生が一生懸命、がんばっていたのが印象的でした。 そこで、倉田さんと出会い、スリランカの支援をしているという事を知り、新潟でも具体的に活動している方がいるのだな、と感激しました。
フェアトレードは、世界で支援を必要とする人々に仕事の機会を提供することで、きちんと食事をとれるようになったり、子供達を学校に通わせられるようになったりする、という事が目的です。
それはアピの会の目的とも一致するところがあると思い、少しでも力になれたらと カレースパイスなどを、リランで販売することになりました。
 フェアトレードの仕事をしていますが、現地に足を運ぶ機会もなく、倉田さんの体験してきた事の話はとても参考になり、刺激にもなります。とても愛情を持って活動しているのだな、といつも感じます。日頃バタバタしていると忘れがちですが、私も愛情を持って仕事をしてゆきたいと思います。
カレースパイスを販売するようになり、店内でたまにカレーパーティをやるようになりました。
カレーがあるよ、と言うとどこからともなくお客さんや、友達が集まってきて、楽しくコミュニケーションがとれます。楽しい時間を過ごしながら、少しスリランカの事を知るきっかけになったら良いな、と思います。
リランでは、スリランカスパイスのカレーや、たまにセイロン茶なども入ります。
 
フェアトレード商品も、洋服や小物、可愛い雑貨、チョコやコーヒーなど様々あるので、ぜひお気軽に遊びに来てくださいね!



アピの会「スリランカスパイス・カリー」の販売店紹介
■「Rerun」
新潟市中央区西堀通3−258−1F
Tel 025(226)6609
 
■「からころ屋」
新発田市大栄町1丁目2−1
Tel 025(426)2051
 
■「jet stream」
新潟市東区根室新町8−2
Tel 025(273)8454
ブログ「猫と暮らすバイク屋生活」
 
■「ハナキク」
新潟市中央区古町通2番町532
Tel 025(223)7777
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新潟アピの会

ハモニカサンタinスリランカ つづき

にいがたNGOネットワーク(Nネット)会報2012年1月号に掲載予定のハモニカ奏者田中光栄さんのスリランカ報告の続きです。

老人ホームのようなところへ行きました(身寄りのない老人が住んでいるのでしょう)。ここでもアカペラで演奏を披露。そしてハーモニカもプレゼント。なんだか時間が止まっているような場所。車が遠ざかるまでずっと手を振ってくれていたのが、なんだか胸を打つものがありました。カナダ人インディアンのサヴィトリーは思うとこあったのか、この後しばらく無言になった。。。 



貧困な村のサンデースクールに突撃!!



ここでもライブをまず行いました。これも残念ながら写真は無い……。やはり盛り上がりましたね〜〜。たまりません。
 
 
ハーモニカを渡して、ワークショップです(ここでは大きな子にのみ)。みんな本当に熱心。相当にハーモニカが楽しい模様!!!


きらきら星を1曲練習して、我々は少し休憩。しばらく自主練習してもらったのですが、みんなずっと吹いているんですよ!!スリランカの青空にハーモニカの音がフワ〜、フワ〜と響き渡っていた。とても平和で幸せな世界が確実にそこにあった。。。


その後に「Happy birthday to you」も練習しました。ちょっとやんちゃそうな村の子?(制服を着ていなかったから、サンデースクールの子ではないのかな)が小さな声で「俺にもハーモニカくれ!」と言ってきた。以前ウガンダのストリートチルドレン支援施設で耳元で同様のことを言われたのを思い出した。。。「次回持ってくるから!」と説得。最高に嬉しくなる瞬間。
 
 
初めははにかみながらの対面でしたが、終わるころにはすっかり仲良し♪♪♪大事なことはオープンマインドやね。ピース♪♪♪
 
 
最後にMetta Youth Centerに再度訪れた。前回はいなかったちびっこばかりだ。バンテさんもだいぶ「無茶ぶり」するようになってきて、ここでノーマイクで1人で演奏してくれと(笑)1曲アカペラで演奏する。目の前にいた男の子がいつまでも特大の拍手をしてくれていた。感激。バンテさん、間髪いれず「ではもう1曲」と(笑)それでは、と僕のハーモニカに合わせて、先生方が一緒に歌ってくれた♪
 

バンテさん「じゃあ今度は日本の曲を」と(笑)実は今回「歌声サンタ」デビューしたのです(笑)彼らにとっては日本語は未知の言葉。日本の曲を日本語で歌うことは文化交流として大事なことだよね。恥ずかしいから曲は内緒です(笑)みんなも手拍子で盛り上げてくれる!完全に宴会状態ですな(笑)

 
ハーモニカ1つでこいつら手なずけたぜーー
 
最後にバンテさんと。何故か笑えるな〜。お坊さんとサンタさん(笑)
 

この教室の先生にもハーモニカとスコアをプレゼント。
 

そしてレッスン。とっても熱心。
 

このような充実した内容にてハモニカサンタinスリランカを無事に終えることが出来ました。
 
「ハーモニカは平和の音色」
 
これまでウガンダ、カンボジア、南アフリカにてハモニカサンタ活動を行なってきましたが、この活動をする上で常に悩みや疑問が自分の中にありました。「はたしてこれは意味のあることなのだろうか…?」と。しかし今回のスリランカでの活動で自分の中にあったモヤモヤが晴れました。これは意味のあることだ、と。それと同時にこれまでの認識の甘さを考えた部分もありました。
 
極度の貧困に苦しみ、今日を明日を生き抜くことに必死な人達に対しては、やはりまず先にやるべきことがある。それはしかるべき人達が、しかるべき方法で取組まなければいけないものであり、大変規模の大きな問題だ。そこに僕は足を踏み込むことは出来ない。そんな彼らには音楽よりもまず食べ物だ。そこでは音楽は残念ながら非力かもしれない。「ストリートチルドレンをストリートミュージシャンに」という最初の動機は、甘い認識の夢物語だったかもしれない。
 
しかし、住むところ、食べ物がある程度確保された人達が次に必要なものは、今を生きる喜びや楽しいと思える瞬間に触れることではないでしょうか。その先に「希望」や「幸福」が待っているかもしれない。そこでは音楽は本来の力を存分に発揮する。そここそがハモニカサンタの居場所だ。輝く未来をプレゼントすることは出来ないけど、ささやかながら夢中になれるひと時を一緒に過ごすことは出来る。ハーモニカという楽器で音楽を奏でる楽しさを伝えることは出来る。外国へ行くことが出来ない彼らに異文化に触れてもらうことは出来る。肌色も言葉も全く違う人間と心を通わせることで、世界はひとつだよ、世界はつながっているよ、と感じてもらうことは出来る。ハモニカサンタに出来ることは沢山ありそうだ。
 
みんなで飛び跳ねながら一緒にハーモニカを吹いている瞬間、そこにあふれる笑顔には一点の曇りもありませんでした。穏やかに流れる時間の中でハーモニカの音色がキラキラと響きわたっていた。それは疑うことのない平和な場所。ハーモニカの音色は平和の象徴だ、世界のいろんな場所でそんな光景が見れることを夢見る。
 
スリランカの人達は僕に最高のクリスマスプレゼントを与えてくれました♪♪イェイ♪♪
 
田中光栄
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新潟アピの会

ハモニカサンタinスリランカ

にいがたNGOネットワーク(Nネット)会報2012年1月号に掲載予定のハーモニカ奏者田中光栄さんのスリランカ報告です。 

「ハモニカサンタinスリランカ」
 
 音楽はいつだって素敵な出会いを与えてくれる。とあるキッカケで出会った新潟アピの会代表・倉田洋子さんのセッティングにて2011年11月24日〜12月3日までスリランカへ行くことになりました。ハモニカサンタとして。
 
 スーツケースにハーモニカ100本、譜面100冊を目一杯に詰め込んでスリランカへ降り立ちました。これをラッタナシリ師の関連施設の子供達にプレゼントし、ライブとハーモニカ教室を開催するのです。
 
 最初に訪れたのは、Metta Youth Centerという孤児の施設。体育館のような大きなホールもあり、非常に充実した内容のようです。中の部屋などは見ていませんが、ドミトリーの宿泊施設になっているようなので、孤児院兼学校みたいな感じなのでしょう。
 
沢山の子が歌を歌って聞かせてくれました!!
 
そして衣装もバッチリキメてダンスを披露してくれました!!イェイ!!
  




 まずはライブをやりました。スリランカの子供は、恥ずかしがり屋さんが多いのですが、音楽が鳴ると盛り上がる人種でした!(笑)それじゃ、ってことで踊れる曲を何曲も♪♪


しまいにゃ、ハーモニカなんか関係なくなって、ただみんなで踊ってる(笑)いいんです、なんでも(笑)Everything is OK
 

ちなみにこの辺の写真は子供にカメラを渡して撮ってもらいました。だからほとんどがわけのわからない写真ばかり(笑)外はもう真っ暗になってきていて、でも明かりはほんの少ししかつけていない状態なので暗くてまともな写真はほとんど無いです〜〜〜。
 
その後にハーモニカをみんなに渡し、ワークショップを行いました。仏教の国なので、地面に顔をつけるようにおじぎをしてくれる。なんだかこちらが恐縮してしまう。。。
 

急遽、ワークショップのアシストをお願いしたシンガポール人のスーバさん。彼女がいなかったら今回のワークショップは非常に難しいものとなったはず。息もバッチリ!
 

みんな一生懸命取組んでます♪♪♪曲はもちろん「きらきら星」
 
 
みんな初めは恥ずかしがり屋さんだったのに、終わるころにはすっかり打ち解けてやんちゃなガキどもになってました!(笑)ピース♪♪
 

十数人の男の子だけの孤児院。小さいころは男女共同で大きくなると分かれるようです。結構大きな子も多い。もうすぐ孤児院も卒業なのだろうか。

 
近所の幼稚園のような場所に、先ほどの男の子達と、そしておまけに村の人達も多数押し寄せてイベント開催。なんとそのセレモニーのテープカットを僕がやりました!!!(写真は無い…)
 
 
結局、何が何だかさっぱり意味がわかっていない僕ですが、とても歓迎されていたようです(笑)
  



 
ここでもライブを行なったのですが、誠に残念ながら写真は全く無し。。。撮ってもらおうと村人にカメラを渡したのですが、大事に大事に保護しててくれた模様(笑)ここでのライブも大盛り上がったんですよーーー。子供も大人もみんなでニコニコ手拍子でした♪♪♪
ここの先生にハーモニカをプレゼント。ただし、時間が無いためにワークショップは出来ずに次の場所へと移動となってしまいました。。。
 

後半につづく

情報掲載:
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新潟アピの会

「ハーモニカサンタ イン スリランカ」

にいがたNGOネットワーク(Nネット)会報2012年1月号に掲載予定の内容です。
新潟アピの会、代表の倉田洋子さんより寄稿いただきました。

音楽は何時だって素敵な出会いを与えてくれる。
 
と言って昨年11月24日〜12月3日まで田中光栄さんがスリランカに行ってくれました。ハーモニカ100本、譜面100冊をスーツケースに目一杯詰め込んで。勿論新潟県立新潟中央高校JRCクラブ作成の目の見えない人用のカレンダーも詰め込んでね。帰国後、田中さんからの報告「ハーモニカサンタの僕から出会った皆に輝く未来をプレゼントすることは出来ないけれどささやかながら夢中になれるひと時を一緒に過ごすことは出来る。ハーモニカという音楽を奏でる楽しさを伝える事は出来る。外国へ行くことが出来ない彼らに異文化を伝え、肌色も言葉も違う人間と心を通わせる事で世界はひとつだよ!世界は繋がってるよ!と感じてもらえる事は出来る。穏やかに流れる時間の中でハーモニカの音色がスリランカの空にキラキラと響きわたっていた。それは疑う事のない平和な場所。世界のいろいろな場所でそんな光景が見れる事を僕は夢見てる。ハーモニカの音色は平和の象徴。スリランカで出会った彼らは僕に最高のクリスマスプレゼントを与えてくれました。」有り難う!光栄さん!次は何処の国の子供達と出会うのでしょうね?





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